田川市立図書館/筑豊・田川デジタルアーカイブ

解説

1 筑豊の水運、鉄道

1-3 鉄道

 鉄道が明治28(1895)年に伊田駅(現田川伊田駅)まで開通すると伊田村は発展し始めます。翌年に後藤寺(ごとうじ)駅(現田川後藤寺駅)が開通し、明治33(1900)年に三井が後藤寺で創業した後、明治43(1910)年三井田川の伊田竪坑竣工は、村から町へ発展する契機となりました。
 ♪月が出た出た、月が出た、・・・・あんまりエントツが高いのでさぞやお月さん煙たかろ♪でおなじみの炭坑節は第一・第二煙突を歌ったものです。この唄は明治期以降、わが国の近代産業の発展を担ってきた石炭産業の隆盛のなかで、過酷な労働のなかから自然発生的に生まれてきた多くの仕事唄の一つです。石炭産業の発展につれて、筑豊地方の炭坑では採炭唄(ゴットン節)・石刀(せっとう)唄・南蛮(なんば)唄・選炭唄などの仕事唄が生まれました。そして、これらの唄が宴席に持ち込まれ、やがて、花柳界で選炭唄に三味線の伴奏がつき、洗練されつつ座敷唄として広く歌われるようになったのです。
 一般に知られている炭坑節の原型となったのは、三井田川伊田坑で選炭(石炭からボタを取り除く作業)の仕事をしていた選炭婦たちによって軽快なテンポで歌われていた場打(ばうち)選炭唄と言われています。現在では日本を代表する民謡として知られています。
 炭坑節発祥の地・田川のシンボルとしていつの時代までも歌いつなぎたいものです。
 

伊田竪坑(昭和27年当時の合成写真)
提供:個人蔵

炭坑節発祥の地石碑
撮影:森本弘行

 
参考文献
田川市石炭資料館(2000)『香春岳から見下ろせば-炭坑節の源流-』.
 
地図
筑豊煤田地圖(筑豊炭礦誌)』明治26(1893)年製図 明治31(1898)年発行 中村近古堂.
小倉3号「後藤寺」』明治33(1900)年測量 明治36(1903)年発行 大日本帝国陸地測量部.
筑豊炭山位置略圖(筑豊石炭鑛業要覧)』明治43(1910)年 筑豊石炭鑛業組合事務所.
九鐵沿線炭鑛位置略圖(最新筑豊石炭鑛業要覧)』大正6(1917)年 筑豊石炭鑛業組合事務所.
『伊田町全圖』大正13(1924)年 伊田町役場.