下松市/郷土資料・文化遺産デジタルアーカイブ

下松市内歴史民俗資料所在調査事業調査報告書(概要版)

2.下松市における歴史民俗資料の所在とその現況

分類種別発掘数調査票備考
山口県埋蔵文化財調査報告第15集「上地遺跡」第1地区(種類、数ともに多数。しかし遺構に結びつくものはわずか) 1973年2月
  縄文式土器
  弥生式土器および土師器1高坏形土器63個体分
2盌形土器7個体分
3埦形土器19個体分
4壺形および甕形土器267個体分
5手涅の小型土器21個体分
  須恵器1はそう形土器1個体分2一部保管
2高坏形土器2個体分
3坏形土器蓋15個体分
4坏形土器身14個体分
「上地遺跡」第2地区(破片多数を検出。原状を知るのに困難なほど摩耗をうけておる)
1弥生式土器7個体分
2土師器24個体分
3須恵器1個体分
山口県埋蔵文化財調査報告第20集「宮原遺跡」(弥生前期環状遺構・土壙墓群・後葉以後、2度亜高地性の集落址)昭和49年3月
  遺跡 : 巻頭図・図1~図2
  土壙 : 図3~図17弥生時代破片多数
  遺物 : 図18~図34弥生時代前期土器・石鏃破片多数
  植物 : 図35炭化籾多数多種類
  環溝 : 図36~図39,図42~図46弥生時代破片多数遺物
  遺物 : 図40~図41,図47~図51弥生時代前期末の土器片破片多数5
  竪穴住居址 : 図52~図65時期不明破片多数遺物
  土壙墓 : 図66~図70古墳時代部分損傷遺物
  遺構 : 図71~図74次期不明
  弥生式土器 : 図75~図78弥生式の文様と調整痕破片多数
  炭化植物 : 図79,80C14の年代測定3130B.C.1950年よりの年数
「上広石遺跡」(調査は条里に関係する遺構だが新幹線予定路線の制約)昭和49年3月
  トレンチ : 図81
  集石遺構 : 図82末武条里の界線と遺物1
  土器 : 図838破片
  陶器と鉄製品 : 図844+2破片
県第25集「御屋敷山遺跡」(狭い尾根に弥生終末期の竪穴住居址と後期古墳に属する円墳)昭和49年3月
  鉢形土器・手捏ね土器・鉄鏃細片で器形を把え難い7+2+1
  遺跡における花粉分析花粉・胞子化石検出無アセトリシス法
  竪穴住居址と溝状遺構溝内に須恵器直口壺今回検出1断面U字形の溝
山口県技術援助「宮原遺跡」(弥生時代後期の宮原遺跡集落跡の南限域と高地性集落の規模確認) 1994年3月
  甕形土器口縁部片、指押え痕跡弥生後期
  須恵器タタキ成形小片
  石英斑岩製の砥石3面を使用4
  甕形土器胴下半部、粗砂粒含む弥生後期後半
  甕形土器胴下半部、内面ケズリ弥生後期後半
  沈線の施文弥生時代前期と比定小片
山口県埋蔵文化財調査報告第185集「重要遺跡確認緊急調査報告書」(西古墳主体部・副葬品等不明、5世紀代可能性) 1998年
「天王森古墳」前方後円墳
被葬者は、この地に君臨した都怒国造たちが眠っていると考えられている。
「天王森西古墳」前方後円墳
天王森古墳と同一の丘陵上にあり、至近の位置にある。
被葬者は天王森古墳に同じ
「花岡古墳」中規模の前方後円墳
築造時期は、4世紀後半から遅くとも5世紀前半頃と推定される。被葬者は、周南一帯の古墳時代最初の統治者…