東広島市立図書館/東広島市デジタルアーカイブ

『万葉火』を灯す町

6.万葉の里

万葉火(まんようび)

 昭和63年(1988)、炎(ほのお)でかたどった「万」の字を浮(う)かび上がらせる「万葉火」を作る計画が、風早地区消防団(しょうぼうだん)の若者(わかもの)を中心に立ち上がります。
 消防団の有志(ゆうし)が京都まで出向き、京都の「左大文字(ひだりだいもんじ)」焼きの技術(ぎじゅつ)を学び、協力者・賛同者(さんどうしゃ)を集めるため地域(ちいき)に呼(よ)びかけました。
 安芸津町もこの活動に注目し、町づくり推進(すいしん)事業に選ばれます。万葉火実行委員会が結成(けっせい)され、町おこしイベントの目玉となったこの活動は、1億(おく)円の「ふるさと創生基金(そうせいききん)」の一部なども利用して、平成2年(1990)風早地区の保野山(ほのやま)(標高296m.)山頂付近(さんちょうふきん)の東斜面(しゃめん)に縦(たて)110m 横58mの大きな「万」の字として完成しました。
 

 【京都左大文字現地視察 平成元年】 土居 則行氏 提供 

 

 【保野山(灘山)の万文字】船越 雄治氏 提供

 
保野山は、昔はのろしを上げる「火の山」じゃったそうで遠くからでもよく見通せる位置にあるんよ。

 
 ふるさと安芸津を元気にし、地域に恩返しをしようという地域愛で始まった万葉火は、万葉の里への誇(ほこ)りと愛情を引き継(つ)いでいきたいと願う地元の人々によって灯(とも)し続けられています。
 毎年秋の「火とグルメの祭典あきつフェスティバル」では薪(まき)を焚(た)き壮大(そうだい)な「万文字焼(まんもじや)き」を行います。
 

 【夜空を焦がす万葉火】 船越 雄治氏 提供

 
炎を上げて燃え上がる万葉火は迫力満点じゃね!!

 
 
 他に年に5回 年末年始・桜の季節・東広島花火大会・お盆(ぼん)・祭りの際(さい)に、電飾(でんしょく)で「万」の字を浮かび上がらせています。
 季節ごとに様々な趣(おもむき)を伝える万文字は安芸津の風物詩(ふうぶつし)として人々の心をいやし、古(いにしえ)の心を伝えています。
 町に住むものが町を愛し、歌を愛し育てていきたいとの思いで「万」の字は灯(とも)され続けています。
 

 【住吉祭りの花火大会】船越 雄治氏 提供

 

 【2016年『安芸津フォトコンテスト』入選作品】安芸津観光協会 提供

 

【赤々と水面を照らす万文字と風早の夜景】
 船越 雄治氏 提供

 
 
「万葉火」ってどうやって燃やしとるんじゃろう?

 
 「万」の字に本物の火が焚(た)かれるのは、秋に行われる「火とグルメの祭典あきつフェスティバル」の時です。
 万葉火実行委員会の方々の指揮(しき)のもと、風早小学校の6年生・安芸津中学校・豊田高等学校の生徒さんと地元の有志(ゆうし)約300名が、万葉火に使う薪(まき)を73の火床(ひどこ)に運びます。
 

 豊田高等学校 提供

 

 安芸津中学校 提供

 

 風早小学校 提供

 
火床1基に70本の薪を積むんじゃって!約4トンの薪を運ぶ作業は大変じゃ!!みんなごくろうさま!!!

 
 万葉火実行委員会の会長であり、消防団員(しょうぼうだんいん)時代に、計画時から中心になって万葉火を灯(とも)し続けている土居則行(どいのりゆき)さんにお話を伺(うかが)いました。
 

 【土居 則行さん】

「万葉火を作ろうと思ったのは、地域に形として残るものが必要だと考えたことと、地域に対して恩返しの気持ちからです。」
 
 長く続けてきた中では、色々な事があったそうです。
万葉火実現(じつげん)のため京都に研修(けんしゅう)に行き、地元に働きかけさまざまな準備(じゅんび)をした事。初めて万葉火を燃やした平成2年(1990)は、予想外の風と消火対策の方法が思うように働(はたら)かず火事になりそうになった事。風と雨・天候に影響(えいきょう)を受けながら試行錯誤(しこうさくご)を繰り返し悩(なや)みながらの運営(うんえい)であった事。万葉火を灯し続ける間も、活動の維持(いじ)・活性化(かっせいか)をはかろうと県内外各所に足を運び研修し連携(れんけい)をはかった事。個性豊かで活力ある地域社会づくりに取り組んでいる団体としてみとめられ、平成4年(1992)に「広島県ふるさとづくり賞」平成8年(1996)には「ふるさとづくり振興奨励賞(しんこうしょうれいしょう)」を受賞した事。
 万葉火を焚きはじめて20年目を迎(むか)えた平成23年(2011)は、継続(けいぞく)の危機(きき)に陥(おちい)り、万葉火が焚けませんでした。
 同じ事を続けていくことは容易(ようい)ではありません。初めは上り調子で進んでも、それが当たり前になり衰退(すいたい)してしまいます。
 

 【トーチを手に点火の準備】広報あきつ491号

 
 万葉火の活動も壁(かべ)にぶつかりました。
 しかし、万葉火が焚(た)かれなかったことを残念(ざんねん)に思う声があがり、翌2012年には、近隣(きんりん)の大学などにも協力者を募(つの)り、参加者を集め、2年ぶりに万葉火を焚くことが出来ました。
 改(あらた)めて万葉火の意義(いぎ)をみんなが考える機会(きかい)となりました。
 平成25年(2013)活動をアピールする事で、宝くじ助成金に当選し火床(ひどこ)の準備ができました。
 平成26年(2014)雨天で万葉火実施(じっし)の判断(はんだん)に苦しんだ末、中止にした時は、大変辛(つら)い思いをしたとのことでした。天候(てんこう)判断が1番困(こま)るのだそうです。
 様々(さまざま)な事を乗り越(こ)えて、たくさんの人の努力と工夫と地域への思いとで、万葉火は灯し続けられています。
 

 【カバーのかかった火床】 安芸津中学校 提供

 

 【点火!!】 広報あきつ491号

 
 今後の万葉火の活動についてたずねた時、土居さんはこのようにおっしゃいました。
 
「万葉火にかかわらず、いろいろなことを地域の次世代が引き継(つ)いでいってほしいと思っています。
 そのためには、自分や家族といった身近な人に対する愛情だけでなく、地域の人や物に対して向けることの出来る広い愛情の心が必要となってくると思います。
 これからも長く灯し続けていって、安芸津のひとつの〝文化〟になるようみんなと一緒に努力して行きます。」
 
 季節の折々に灯される万葉火は、安芸津の町を見おろしながら、明るくやさしく町を照(て)らしています。
 

 【「万文字」に照らされる薄暮の三津湾】 安芸津中学校 提供

 
万葉火が海に映る美しさは格別じゃね!