東広島市立図書館/東広島市デジタルアーカイブ

『万葉火』を灯す町

3.安芸津町の紹介

『神功皇后(じんぐうこうごう)が新羅征伐(しらぎせいばつ)の途(と)、今の御手洗(みたらい)に寄港(きこう)し更(さら)に軍船を進めるうち、海上が大シケになったが、三津沖(おき)できれいにナギとなった。
そこでこのあたりを安芸国随一(ずいいち)の“よき津である”と仰(おお)せられたので、「御津(みつ)」と呼ぶようになり、いつしか「三津」と書くようになった。』という伝説がある。
 この伝説を織(お)りこんで、昭和18年(1943)に三津・木谷・早田原の合併による安芸津町誕生に際(さい)し、時の広島県知事宮村才一郎(みやむらさいいちろう)氏により「安芸の国のよい津」即(すなわ)ち「安芸津」と命名された。
  【「安芸津町の展望(てんぼう)」昭和39年(1964)p31参照(さんしょう)】