東広島市立図書館/東広島市デジタルアーカイブ

東広島市の石造物

資料編

3 用語解説

御建神社 みたてじんじゃ
 主祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)。慶雲三年(706)創始の元祇園社に周辺数社と合併。西条町中心部の大社。
 境内摂社に酒の神様松尾神社が鎮座。
 境内には多くの優品の石造物が造立されている。
参考事項
 素戔嗚尊は天照大神の弟神。京都・八坂神社(元祇園社)の主祭神。
 
三ツ城古墳 みつじょうこふん
 (史跡)
 3基からなる古墳である。第一号古墳は史跡。構築時期は五世紀前半。全長92mの県下最大の前方後円墳。器台(朝廷から下賜された器)が出土し埴輪で復元し史跡公園として整備されている。
 
三永の石門 みながのいしもん
 (登録)
 明治九年(1876)山陽道のつけかえ工事が計画された。このため用水路を道の上に通す必要が生じ道路の上にアーチ式の橋を渡すことになった。半径1.8mのアーチの橋で石積み工法のため、当時としては高度な技術を要したが明治十五年に完成した。しかし昭和五十一年2号国道の拡長工事が行われ解体撤去され保存のため現在地へ移した。
 
壬生忠見 みぶただみ
 平安時代中期の歌人。父壬生忠岑とともに三十六歌仙。
 
名井光叶 みょういみつやす
 名井氏は鎌倉時代末期、平賀氏惟兼の四男宗春に始まる。名井因幡守光叶は竹林寺七重層塔など多くの石造物を遺している。
 頭崎城の城主の平素の居宅は麓にあり「土居の堀」とよんでおり現在も堀があり樹齢四〇〇年という黒松の大樹があった。何時の頃からか名井氏が城代を勤め「土居の堀」に居住していた。
 
妙福寺 みょうふくじ
 顕本法華宗京都妙満寺派 自性山妙福寺 本尊は日蓮大菩薩。
 縁起によると南北朝時代の開基と伝え、清滝の十二坊の一寺であったともいう。北条高時によって隠岐に流されていた後醍醐天皇が京に帰り重祚の時、持明院の皇子(光巌天皇の御子)が罪を得て安芸国に配され当妙福寺に住み、帰京することなく死去されたという。
 当時の妙福寺は飯田中畝の妙福寺とよぶ地にあり、寺の前に小堂があって皇子が使用していた冠などが納められていたという。今は石組と標札のみが建っている。慶長年間廃寺となったが浅野氏の時代に再興した。