東広島市立図書館/東広島市デジタルアーカイブ

東広島市の石造物

資料編

3 用語解説

石鳥居 いしどりい
 鳥居の起源については種々の説があるが、中国雲南省周辺に住むアカ族の鳥居状の門が注目されている。毎年稲の種まきの時期に村の入り口に鳥居状の門を建て木彫の鳥を乗せるという。(史跡)大阪 池上・曾根遺跡とも対比されている。
 最古の紀年銘 足守八幡神社石鳥居 岡山県 康安元年(1361)
 
石風呂 いしぶろ
 岩穴を利用した蒸風呂。石を焼いて水をそそぎ、その湯気に浴する方法と、海草を焼き、これで中の空気を熱くする方法とがある。
 
一字一石塔 いちじいっせきとう
 経塚ともいう。経塚には2種ある。1つは経筒(教典を銅製の筒に入れたもの)を地中に埋め納めてを築き上に塔を置くもの。
 あと1つは石に経文を1文字墨書し多数の石で経文を作り地中に埋めたものである。後者を一字一石塔という。
 経塚の目的は経典を永く後世に伝えるためであったが、近世は多くは祈願・追善のためのものである。
 
一石五輪塔 いっせきごりんとう
 五輪塔を1個の石で刻み製作したもの。
 造立の目的は五輪塔と同様に供養塔や墓塔として造立される。
 形式は一般に彫りが浅く五輪塔のイメージが少ないものが多いが、通常の五輪塔と見まがう形状のものもある。
 
亥の子石 いのこいし
 西日本で陰暦一〇月亥の日に行われる行事。収穫祭の一。子どもらが石に縄を何本もつけ、土を打って唱えごとをして回る。その土を打つ丸い石。
 
岩蔵神社 いわくらじんじゃ
 祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)と別雷神(わけいかずちのかみ)の2神。
 延暦元年(782)に創祀され、往古は佐々村明神と称し、現在の虚空蔵山(666m)の岩窟中に奉祀したと伝える。
 平安時代末期の楽音寺・安芸国神名帳に賀茂郡四位七前、佐々村明神とあるのは当社のこととされている。『芸藩通志』には岩倉明神とある。
参考事項
 大己貴命は大国主命(おおくにぬしのみこと)
 別雷神は京都の古社、賀茂別雷神社(別称上賀茂神社)の祭神。
 
岩崎神社 いわさきじんじゃ
 祭神は岩長比売命(いわながひめのみこと)と宇気母智命(うけもちのみこと)の2神。
 由 緒 不詳。巨石をご神体とした自然崇拝による祭祀遺跡と考えられる。
参考事項
 岩長比売命 古事記にあらわれる神でこの神を祀る神社は少なく貴重である。大山津見神(おおやまつみのかみ)の長女。岩のように変わらない即ち長寿を授ける神。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと、天照大神の孫、高千穂峰降臨)に嫁がせようとした。しかし不美人のために断られた。そのため瓊瓊杵尊の寿命は有限になったという。
 宇気母智命は日本書紀にあらわれる食物の神。
 
岩谷観音堂 いわやかんのんどう
 高屋町高屋東岩谷山にある。臨済宗岩谷山正法寺の寺跡で、開基は晶回といわれ、白山城主平賀氏累代の祈祷所であった。岩谷観音堂は芸州西国観音霊場三十三か所の三十番に当り古来より霊験あらたかで、野火を止め、雨を降らし、或いは蝗害を除くなど里人の信仰厚いものがある。堂中へ入ると正面に金色観音像が安置されている。