河本家住宅保存会・手錢記念館・島根大学附属図書館/山陰地域史資料アーカイブ

出雲文化活用プロジェクト報告書2014

出雲文化活用プロジェクト2014

手銭家歴代の和歌活動―歌壇史上の意義を中心に― 久保田啓一(広島大学大学院文学研究科教授)

 常悦の指導を仰ぎ、季硯・敬慶と長康(冠李)そして百羅達が切磋琢磨する杵築歌壇の実態はどのようであったか。それを知り得る資料をさらに提示してみよう。
 栄道、百羅、政常、政懿、季硯、敬慶、正虎の七人が「柳随風」の題で二首ずつ詠み、合点・添削・褒詞・批語が施された点取和歌詠草(手銭家文芸関係資料八八七。以下、「柳随風詠草」と呼称する)が伝わる。端裏にある「百蘿 敬慶 同点 此巻敬慶とるべし」(図版8)との書き込みは、結果的にこの詠草が敬慶の手に渡って今日まで伝存した経緯を雄弁に物語る。点取和歌の勝者は、当該詠草を手元に残すことで栄誉を得るのである。端裏の記事と褒詞・批語の筆跡が「愛屋免日記」に大量に貼付された紙片と酷似するので、常悦自身の指導の跡を留める原詠草と見る。以下、全文を掲げるが、一四首に通し番号を付し、割書を一行にまとめ、添削前の形を括弧に入れて左に併記するなどの処置を取った。(図版9)

図版8 「柳随風詠草」端裏


図版9 「柳随風詠草」

 
  百蘿 敬慶 同点
  此巻敬慶とるべし
     柳随風  二月廿四日 兼題
 1乀のどかなる風のまにまに青柳のみどりのいとや染てほすらむ     栄道
   (春風の吹にまかする青柳のみどりのいとや染てほすらむ)
 2乀打なびく柳のいとの永き日にいくたび風のくりかへすらむ      百蘿
       尤候。
 3 霞む野にほのみえ初て春風になびく柳のいとゞのどけき       政常
 4乀くり出すいろは霞のあさみどり風のまゝなる青柳のいと       政懿
 5 花ならばいとはむものを春風のふけばふかるゝ野べの青柳      季硯
       四句、一向心得がたく候。
 6乀ゆるく吹風のすがたもあらはれてなびく柳のいとゞのどけき     敬慶
       おもしろく候。
 7 佐保姫の手ぞめの糸をくりかへしなびくもあかぬ風の青柳      正虎
       此上句、近世の歌に聞およびたる様に候。卉上随風の趣意、今少有たく候。
 8 花ならばいとひやすらん春風の手にまかせたる青柳の糸       栄道
       春風の手とはいかゞ哉。
 9乀枝よはみ吹ともみえぬ春風にこゝろあはせてなびく柳は       百蘿
       おもしろく候。
10 吹まよふかぜのまに/\青柳のいと打はへてなびくのどけさ     政常
       吹まよふとはつよき風の事也。
11 うちなびくいろものどけし青柳の花田のいとを風にまかせて     政懿
12 あかず猶みぎりの柳風につれて人のこゝろもなびくいろかは     季硯
13乀打なびくかげものどかに春風のふくかたみする庭の青柳       敬慶
       尤候。
14 ながき日にたゆむまもなく打なびく柳を風のすがたとや見む     正虎
       是又風前柳にて、随風の心不足に候。
        汚墨六首
 
 この点取歌会は、ある年の二月二四日に実施された。年代こそ特定できないものの、「愛屋免日記」の「松方会制度」第一条に記された月次「内会」の詠草である。題「柳随風」が前もって指定され、当日集まった七人が二首ずつ詠み、詠草を松江の常悦に送る。その際は作者の名は記さないのが通例である。常悦は一四首の和歌を先入観なしに読み、評価を下して返送する。季硯達は詠草を受け取って作者名を書き込み、合点の有無を確認する。合点が施されたのは、「汚墨六首」とある通り、栄道一首、百羅二首、政懿一首、敬慶二首の合計六首である。点取和歌は、獲得した合点の多寡で勝敗が決まるが、同点の場合は、合点歌のうちの褒詞を得た歌の数で決着する。「柳随風詠草」では百羅と敬慶が二首で並び、しかも二人とも「尤候」「おもしろく候」の褒詞を得ていて、全く以て優劣が付け難かった。そのような場合、これまでに誰が勝って詠草を貰ったかを調べ、できるだけ広く行き渡るように配慮して決定する。恐らく、百羅が近い過去に詠草を得ていて、今回は敬慶に回そうということで一同の合意が得られたのであろう。その結果を受けて、次回以降の会で常悦が端裏に詠草の持ち主を誰とするかを書き入れる。「柳随風詠草」の辿った経緯を想定すれば以上の通りとなる。
 この一四首の歌と常悦の合点・添削、褒詞と批語の内容は、七人の力量と常悦の評価基準を明確に伝えてくれる。「柳随風」題は、春風に揺れる柳の青い枝を糸に見立てるのが本意で、風・柳・糸の三つをどのようになだらかに組み合わせるかが問われる。本意との乖離は7・14、不用意な語の選択は5・8・10、そして7では先行歌との類似(10)をも指摘するなど、褒詞よりもむしろ批語の方が表現意識の解明には役に立つが、それはともかく、合点を受けた六首は、柳の糸が風と一体となって靡く姿を様々な角度からなだらかに詠じていて、詠草の形態も含め、堂上の点取和歌指導を忠実に模倣した内容を備えている。そこで同点となった百羅と敬慶、享保年間に生まれたほぼ同世代の二人がこれからの松方会の中心となっていく、そんな予感を十分に抱かせる結果でもあった。