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紀州藩文庫より郷土誌料

郷土誌料 

      紀聞談之内紀陽岡山魂怪 紀聞談之内紀陽岡山魂怪[目録]


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<翻 刻>
 
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岡山魂怪 全
 
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紀聞談之内
紀陽岡山魂怪
昔をとへは遠しといへ共眼前其思儀を以てみれハ
遠きに非爰に畠山尾張守政長ハ足利将軍
義政公乃御代ニ被任管領河内紀州越中を
領し本国河内の屋形に居住して紀州ハ出張
乃屋形と号して妻子乃通ひ遊へる処也政長は
将軍義政公より義澄公ニ至り六代乃管領なれハ
 
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畠山の一族各数国を領して権威盛也といへ共高
政乃代に至り三好修理大夫長廣(ママ「慶」)か為に一門残らす
討亡されて跡絶ぬ誠に盛成者必衰能理り成
哉然るに時過年さりて慶長五庚子乃年十月
浅野弾正忠長政紀州ニおゐて三拾七万四千石を
賜り若山乃城に居住せらる于時慶長十六辛亥
年四月十六日、六十九歳にて病死せらる其嫡左京
大夫幸長後ニ紀伊守と改られ家督相續ある
 
 
処ニ無程して慶長十八癸丑年八月廿五日病死す
紀伊守ニハ男子なし故、弟但馬守長晟(アキラ)を養
子として家督す内室ハ
神君乃姫蒲生飛騨守秀行乃後家御再縁にて
紀州ヘ被為入但馬守代ニ至て家中ニ渋谷森右衛門と云
物頭知行ハ百石取ける其次男ニ文次郎とて才智
發明ニして武藝ニ達し詩歌の道ニも疎からす年ハ廿
三歳美男風流乃生付にて色好む男にて有ける
 
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両親乃最愛浅からす暮しける比しも春の末つかた
松露取の心さし有と一僕ニ小竹筒なと持せ年月遣
ひ馴し儀助と云中小性を召連岡山の邊ニ趣しか
[今の大智寺山/仙人カ嶽なり]西ニ向へハ吹上乃濱の松原打續よふ/\と【□見消し】て
松の葉越に沖津白波乃寄るを詠め又山の高根
より東をみれハ其原廣々として日乃隈(クマ)の宮居と
拝せらる南ハ山ニ山續きて川竹ニ漕行舟乃其氣
色眺望得もいわれすそこに爰にと白砂をわけ
 
 
茅原を尋て少々乃松露を得て心を慰めい□(虫損)や帰
らんとて山路をたとりしに茅原の内に小き五輪
有其側に四五間計有て又小き五輪有苔むして
草生しけり文次郎是をみて昔西行法師か歌ニ
心なき身にも哀ハしられけれ死木立沢の秋乃
夕暮と續けるも古墓いつれ乃代の人しれす性(ママ「姓」)
も名も化為[二]路傍土[一](クハシテロホウノツチトナル)年々春草生すと云白楽
天か詩ニ元付たると傳しか誠ニ此塚もいつの代の人
 
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そや草茫々として露深々たる古塚誰も吊ふ
人もなき世乃有様と只何となく哀ニ思われて四時(トコナツ)
花側に有けるを手折て二ツの墓ニ手向一佛浄土
勸而視法界(クハンジシハウカイ)草木國土悉皆成佛有情非情
皆具成佛道と廻向してそ帰りける其後日数
三十日も過て和歌辺へ遠乗ニ出けるか丸乃内の屋
鋪ゟ岡の谷通りを原見坂へ[今の禅林寺/門前なり]打越て
小雑賀川を左ニみて乗行しに原見坂の南の下
り口にて跡より女乃声にて文次郎様/\と呼掛し
かハ家来誰やらん御跡より呼掛奉る暫御馬を
留られ候へと云文次郎も誰成そと馬より振返り
みれハ年の程十八九とみて月乃妬花乃面影
夭艶として下ニハ白重ね上にハ縁色乃桜散し
乃模様乃いと端手成を着其薫り風に薫
して笑顔にて立寄て申様我頼主人ゟ君江
の玉章にて侍ふとて結構云計りなき高蒔絵
 
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乃文箱に紅乃緒にて結たるをそ差出したる文次
心に覚なき事なれ共文箱ハ儀介に持せ置て馬
よりおり文をみれハ薄葉の色帋成にいとやさ
しき筆乃すさひに細々と認し其芬心を透
し侍りぬ君と我とハ父母の免(ゆるし)を得し夫婦そ
かし過し比御面影をみ参らせて忘るゝ隙もなくて
余乃恋しさに文して申入まゐらせ候此来卯月十六日
十六夜の月の夜此邊へ出させ給へ迎ひを参らせ□(虫損)
 
 
へし必違給へからす御身の上ならてハ語り明□(虫損)れすト
不思儀そとな思召るましく候語り侍らハ御心も晴
給ふへし逢みる迄ハ穴賢人にハ語り給ふなと
是々と書尽して文次郎様旨仙よりと認
たり文次郎ハ一向合点ゆかず父母乃免しを得し
夫婦とハ覚なし我ハ二男なれ共爵禄有いまた
妻の約束なし品ニ依てハ他家へ養子ニも行へき
事も有なん未其事もなけれハ極る妻もあらす
 
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人違ひにやとみれハ正敷我名宛也何様ニも十六日此
所ニ来たらハ品ハ分るへしと返事認へきニも筆墨
乃用意なし何分十六夜に此所へ参るへしと念比ニ
返事して文箱ハ返し参らせんと返せは女此文
箱ハ縁染の印と御覧せよとて指置只何事もなく
笑顔にて發明に挨拶して義助ニも名残を
残し十六夜にハ必々御供に洩たまふな語り明し
侍らんとて立帰ぬ文次郎ハ不審はれね共下地
 
 
より色を好む男なれハ何分ニも十六夜に此邊へ来ら
ん物ならハ品ハ知れぬへしとて其日ハ遠乗して
こそ帰ける翌月卯月十六日ニ成しかハ儀助一人
を召連原見坂の下口ニ立休らひ侍れ共誰とふ
人もなし日も黄昏ニ傾きしに主従過し遠
乗の日ハ狐にたぶらかされたるならんと二人笑て
帰らんと原見坂ニ差掛れハ年の程六十七八と
みへ其躰相奥家老共みへたる惣髪の老人
 
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挟箱ニ腰打懸供人八九人召つれ其側に女乗物一
挺針女端女と思ふ女六七人にて山の上に人待躰に
みへたり文次郎ハ其前を通るとて通候と詞を掛
過れハ女乗物の内ゟ頻に手をたゝく音せしかは
彼老人文次郎か前に手を突文次郎様にて渡らせ
給ふや過し三十日の日主人の息女ゟ文にて申したる
品ニそ是迄御迎ひニ出侍りぬ御供して屋形へ人
しらす供奉し申へしと云文次郎心に覚たる事ハ
 
 
あれ共掛る人々の迎ひに来るへき様にも覚されは
更々覚なしとて行過れハ乗物ゟ過し日文持て
来りし女出て御不審ハさる事なれ共其節申かわ
せし方ゟの御迎に侍へハ安々渡らせ給へとて何も
文次郎と儀助を伴ふて岡山深く入侍りぬ文
次郎儀介も中々不審はれす思ひけるニ山乃
中を四五町歩むと覚て筑地築廻したる一つ
の郭門に至る其躰甍を双て建たり何様
 
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國主城主の屋形とみへたり此惣門ハ人の往来あれハ
如何也裏門より入せ給へと夫ゟ二三丁廻れハ平重門
有外ゟ音信連ハ内ゟあつと答へて明ぬ惣髪の
老人文次郎ニ向ひ云様是迄ハ御供仕たり是ゟハ人
目立も如何なれハ御暇申候とて帰ぬ跡ハ彼女と其
外召連たる供の女計也夫ゟ屛風を立たる如く
打廻り/\通り過て棘(いばら)垣仕廻し堀に橋掛たる
門有又外ゟ音信連ハ内ゟ女乃声にてあつと答へ
 
 
開たり奇麗成事云計なし奥庭乃しまり
口とみへたり庭にハ百花咲乱れて香四方ニ薫し
夏嵐芬して池水漲り杜若菖蒲色を争ひ
波に映し鸞鶴の群集風情得もいわれす
扨宮殿ニ望めハ誠ニ金殿月ニ輝き廻廊にハ
左右ニ金燈籠を釣双ヘ誠ニ星を掛るか如し
池水ニ移る銀河ニ異ならす是なんいか成人の
住居そと心も空に覚ぬ扨宮殿の中にハ金
 
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色の絵唐紙四季能花能組天井幾間共なく
通り行ハ年の程五十計の局とみへたる老女出
迎ひ能も入せおわしける人しれず迎ひ奉りぬ
心置なく渡らせ給へとて笑顔にても饗けり此局
と彼文箱持来りし女と案内して儀介殿ニハ
今宵此小侍従と語らせ給へと其所に残して
文次郎を誘引奥深く入て二人御簾を巻
上あれへ入せ給へと云文次郎思ふ様我も大家
 
 
乃近習ニ有て[小性役を/勤たり]掛る宮殿に恥ろふ者に非
と云共宮女に住居に入たる事なしと立休へば
簾の内より出給ふ姫君年の程二十計を過す
桂の顔はせ柳の眉其姿嬋娟として笑を夭
桃の霞のほころび翠柳乃風にしなへる粧
誠に此世にたとふへき人なし天女の天降り
たるやらんと思ふ計也文次郎か手を取て年
月添馴し我妻の如くみへて侍女共ハ酒を進
 
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善尽し美尽したる料理数々にて酒宴たけなわ
にして姫君琴を弾し聲美敷謡給へハ侍女
共も舞謡ふ程に誠ニ梁の茎も飛計也義介ハ
小侍従か部屋にて語わすとそしられけれ夜も更
侍まヽ床へ入せ給へとて纐纈(かうけつ)の錦の夜の物
を鋪匂ひ四方ニ薫して更ニ人間生の住家とハ
思われす文次郎ハ夢に夢みる心地して物もい
わて有けれハ姫君ハたな心置給ふな君と我
 
 
との中ハ誠双親のゆるしを得し妹背の中なれハ
何乃遠慮か侍ふへき熱(ママ「契」)りも重り侍らハ其事を
語り歴て明すへし今宵ハ休み給へとて夫婦
枕をかわすまの水洩さぬ中とそ熱(ママ「契」)りける名残
ハ尽ぬ睦言乃絶間なく暁乃鶴の謡けれハ人
目忍ひのあかぬ別を残し又の逢日を約束し
小侍従ニ案内させ儀介を伴れてそ帰りける両
親に忍ひつゝ月に十二三度つヽ通ひけれ共誰
 
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知人もなかりける餘り度々出ける故森右衛門夫婦心
附て近比ハ何方共なく暮方より出て暁方ニ帰
こそ怪しけれとて其行先を尋れ共云す不
思議さの侭長某にひそかに言含て跡を
慕してみれハ原見坂の北の上り口[今の鷹匠/町也]
岡山の中にそ入にける猶忍んて慕行ハ草生
繁れる中に二人共ニ入て行方みへす成にけり長
大に驚き是全く野狐の見入ならんとて身の
 
 
毛も立て早速帰りて密に森右衛門夫婦に其事を
細々と咄けれハ両親兄妹大に驚き翌日ゟ文次郎と
儀介を閉籠て置たりけり其故に日数二十日も通
ハされハ床しさ有ニもあられす密に忍ひて儀介
を連て出行ける親兄ハ驚き心ならす案し煩
ひて帰を待侘たり扨文次郎ハ彼処へ行て頃
日ハ双親兄弟の折鑑強く出兼て日をハ過りぬ
此巳後にてハ一入禁強からんなれハ歎く計也我
 
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命ハ君に参らせつれハ此巳後ハこなたニ置給ハんや
と云姫君聞給ひ御親兄の御不審も重々難有
給そや左も有つらんと思ひ侍りぬ最早此巳後ハ
通ひ給ふへからす契も今宵計そや今ハ何をか
つヽみ申へし我ハ文明十二庚子年四月十六日此
屋形に於て病死したる畠山尾張守政長か娘
仙女也畠山左衛門佐持国入道徳本ハ我祖父也
持国に男子なく我父政長を養子として管
 
 
領を譲らんと約す實ハ畠山持富か子我父政
長の為にハ徳本ハ叔父也然に徳本ニ男子出生
す是を畠山伊豫守義就と云徳本実子義
就に家を譲らんとす我父政長と不和に
成しかは終にハ政長家督を継て河内国ニ
有て紀州ハ出御所と号して我々兄弟を
置給ふ也然に弟義就と兄弟不和にして
合戦止時なし其時細川左京大夫勝本是も
 
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管領たり我父政長と好親なれハ政長に味方
せしかは其深切乃餘り勝本二男右衛門佐政行
を父政長聟とす其妻ハ則此仙女也君の過
去世ハ細川右衛門佐政行也婚禮近きニ有
折節我風の心地にて病付既に病死す其時の
心更に外ニ思ふ事なし只君を恋慕ふ一心乃
妄執と成て菩提を失ひ剰魂穢土に輪廻し
て愚痴闇鈍乃闇を歩むされ共政長か娘
 
 
と生るゝ果報有故に其因ニ依て罪も深からす
何分此思ひを散せは佛果菩提を得へしと君
か現世を尋といへ共妄執乃闇にくらまされて
其有家を知す迷ひ苦しみしに君ハ過去の
善根に依て今かく人間に生れ御座候我死たる
時ハ父政長愁に沈み其侭此宮殿を一宇に
作り則此処に葬らる然に年過雜賀太田の
兵火の為に焼亡するといへ共誰再興の人もなし
 
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剰邸堤も土に埋れて更にしる人なし然に風
嵐雨露に木の根あれ土崩れ流れて僅に
みへたる我か印に君此春松露狩し給ふ折
節我古塚を見給ひて過去乃縁にや有
けん花給り回向ましませしより我妻乃右衛門
佐殿現世乃姿と雲霧の晴たる様ニ見
掛侍りし其有難さ嬉しさ言計なし夫故
君か過去世に返して此五六ケ月契ぬ宮殿玉
 
 
楼とみへしも過去乃隠界を見せしそかし
又小侍従も我死たる時跡を追ひ自害せし
女乃童也是も儀介にゆかりあれハ熱(ママ「契」)り侍りぬ
過去の迷ひも晴ぬれハ此上とても別れハ尽し
なけれ共生を轉する身となれハ契りも今宵
限なり猶更一遍の御廻向をくれ/\頼奉る心疑
給ふなとていつ/\よりも染々と涙と共に語り
けれハ文次郎更々恐るゝ心もなく過去世に帰
 
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たるか如く覚て明々とみるか如く名残ハいやま
して只泣ゟ外の事そなき文次郎涙を押
夢仮寝乃契成つれは二世の熱(ママ「契」)を重ね
たれハ迷ひの妄執ハ去給ふへし只今極楽乃
東門に趣き給へ三世乃諸佛も定て隨喜し
給ふて極楽浄土の不退土にむかへ給ふへし
角いふ我とても終にハなからへ果へき身ニも非
此姿にて逢みる事ハ今宵限なれ共西方浄土
 
 
に趣給ひて蓮を分て待給へとて
 待しはし同し蓮に生れなん暫し浮世ニ身ハ残とも
と詠して名残ハ尽しとかき口説尽せぬものハ涙
なり仙女ハ涙の中よりもけふ迄なからへたる姿
にて見へもし見へられもせし嬉しさハ千僧供養
にもまさり侍れハ君か一遍乃廻向ハ貴き功徳にて
向ひ奉る必違ひ給ふなとて涙の中にて
 熱(ママ「契」)にし思ひを残す玉手箱明て悔敷形見共みよ
 
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と詠し手に手を取かわし南無西方極楽世界
の教主阿弥陀如来本願誤り給ふなと唱ふると
思へハ草茫々たる古塚の前にぼうぜんとして
泣居たり儀介を尋て其事彼事を語り合
すれハ同し夢みし咄の如く主従涙をしほり
つゝ余り名残に立兼て邸堤に身を寄て涙
にくれてかくなん
 契にし其面影ハなき人乃形見ニ残す袖の涙は
 
 
と口号て帰ける両親兄弟大に怒り其行先を
尋問ふて折鑑強けれハ今ハ何をか包み侍ん
とて始終の事委敷語れハ不思儀と云も余り
有て岡山乃古塚を堀てみれハ小き五輪と
みへしハ土に埋れて地水火風空乃空風二ツ
の頭の名乃砂より出たるにて五尺に余る大成る
五輪にてそ有ける臺石の下に又大成石あり
堀しみれハ十畳敷程に石を以て屋形を畳み
 
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床違棚にハ結構美を尽したる東山乃十二
手箱を並へたり其内に文箱ハなし初に小侍
従文入て持来りし文次郎方ニ有之に都合し
たりける不思儀成し事共也其内ニ石乃唐櫃
に白骨有早速其侭蓋を覆ひて日高郡
由良乃興国寺ハ畠山乃由緒有寺なれハ
とて由良へ改葬して但馬守殿ゟ施経
一万部を供養せられたるとそ小侍従か塚も
 
 
右同様に執行れける右石乃唐櫃の銘に
記し有左の如し
  文明十二庚子四月十六日
法名 蓮向院 光譽智證大姉霊
 横に
 畠山尾張守源政長女仙ノ前[行年/二十]
 文明十二庚子四月十六日
法名 隨泉院妙遠信女霊
 
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 童名小侍従 追主死自害行年十七
古よりか此不思儀書籍に載る事多しと云
とも目に見耳に聞さるハ心疑ひて捨るハよ乃
常也此事ハ眼前違所なき不思儀疑へき
に非すとて若山乃貴賎老若男女ふしきの
思ひを成たり衆人信を起す乃種成へしと
思わぬ人ハなかりけるとそ于時元和五但馬守
 
 
長晟安藝國備後国を賜り安藝の廣
嶋へ取替にて入部せらる武士ハいふに及す其品に
依てハ寺院町人に至迄引越故に當
御代に至り誰しる者もなけれハ不思儀を語
傳ふる人もなくして言訖ぬ然るに此書記は
寺院に秘し置れしを乞求て染筆すみ
る人信を失す回向乃志もあらハ廣大の追
善ならん