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紀州藩文庫より郷土誌料

郷土誌料 

      〔道中日記〕 〔道中日記〕[目録]


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<翻 刻>
 
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道中日記
 
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享保十三申年六月晦日若年寄衆連名之奉書到来
   御用之義候間明朔日五時可有登城候以上
            本多伊豫守
      六月晦日  水野壱岐守
            太田備中守
      高木伊勢守殿
右之御請
  御奉書奉拝見候御用之儀御座候間明
  朔日五時登 城可仕旨奉畏候恐惶謹言
    六月晦日   高木伊勢守 判
 
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           太 備中守様
           水 壱岐守様
           本 伊豫守様
                 御請
 艮刻為御請御支配方不残江罷出候
      七月朔日
一 五ツ時前麻上下染帷子着登 城今日被為召出候段御目付へ
  申達候本多伊豫守殿御登 城懸ケ掛御目今日御用ニ而
  罷出有之段申達候於御用筆部屋御縁頰今度紀州へ
  御使可被遣候間支度可仕之旨若年寄衆御列座ニ而
 
 
  太田備中守殿被 仰渡候御急ニ候哉と相伺候處例之程ニ
  可致支度之旨被仰聞候人数等之義追而書付可懸御
  目旨申達候
一 於 御殿紀州御城付へ逢申度段坊主衆を以申遣候
  則御城付久世八郎右衛門へ致面談今度紀州へ之御使
  被 仰付候中納言殿御精進日承度候紀州ニ而之義 不
  案内ニ有之候間明二日私宅へ可参給候諸事可申談旨
  申合候
      二日
一 朝七ツ半時御用番太田備中守殿へ罷越此度召連候人
 
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  数書付致進達候
     此書付同日御附紙を以伺之通可致旨諸番迄御渡被成候
      紀州へ召連候人数之覚
     一 用人       壱人
     一 給人       三人
     一 中小性      十人
     一 医者       壱人
     一 徒士       八人
     一 賄人       二人
     一 坊主       一人
     一 弓立壱組     一人
 
 
     一 鑓弐本      三人
     一 具足櫃一荷    三人
     一 挾箱壱對     三人
     一 草履取      壱人
     一 笠持       壱人
     一 馬弐疋      四人
     一 沓箱       壱人
     一 陸尺       八人
     一 茶辨當      壱人
     一 長持壱棹     四人
     一 足軽       八人
 
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     一 合羽持      五人
        惣人数七拾人
          又者共八拾人
            高五千石
     七月二日   高木伊勢守
      御附紙
       伺之通可被致候
一 今日中納言殿御留主御屋敷へ相越紀州へ御使被
  仰付候段申入候取次之者共年寄共相詰罷在候間勝手へ
  通り候様申候故御座敷へ通り御家老水野大炊頭戸田
 
 
  金左衛門水野太郎作久野織部大番頭落合左平次小笠原
  与左衛門大組廣田杢之右衛門菅沼九兵衛江致面談昨日紀州へ
  御使被 仰付候段及挨拶候追而御料理出給申候
一 直松殿御付之衆村上与兵衛へも逢申候而直松殿御様躰
  伺之候松平左京大夫殿江罷越昨日紀州へ之御使被
  仰付候付遂参候旨申置候
一 久世八郎右衛門今八時過私宅へ被参綟子肩衣着致面談候
  和哥山之咄し様子承り候上冷麦吸物酒肴出し候
  中納言殿御精進日書付八郎右衛門持参被差越候
     公儀御精進日之外
      七日
 
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      右之外除日無御座候
一 紀州江召連候人数并道中泊り之義承度由八郎右衛門申候付
  書付遣し申候其外ニも紀州へ召連候家来姓名承度由
  ニ付書付遣し候右之段紀州へ召連候給人共八郎右衛門江為
  致面談候
一 八郎右衛門帰り候節玄関上之間迄送り候紀州へ召連候家来
  衆は式臺迄罷出候
     御家老宅より御城へ召連候人数
   一 御進物付     壱人
   一 自分太刀目録持  壱人
   一 馬代持      壱人
 
 
   一 刀持       壱人
     右四人上下着
   一 中小姓      三人
   一 挾箱持      二人
   一 太刀箱持     二人
      右之外又者若黨小もの壱人つゝ
     山中より和哥山へ召連候人数
   一 中小姓 内刀番壱人  七人
   一 徒士         七人
   一 鑓          壱本
   一 挾箱         二人
 
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   一 草履取        壱人
   一 笠持         壱人
   一 馬          壱疋
   一 沓箱         壱人
   一 合羽持        八人
   一 押足軽        三人
     登泊り覚
   戸塚  小田原  沼津    江尻
   金谷  濱松   赤坂    熱田
   四日市 土山   草津    貝塚
   山中
 
 
     右之通書付遣し申候
   三日
一 直松殿より昨日致伺公候為御礼御使者来候付村上
  与兵衛方まて書状を以御礼申遣ス
   六日
一 今朝六半時太田備中守殿江罷越紀州へ之支度
  出来仕候段御届申達候
   十日
 
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一 今八時若年寄衆連名之奉書到来
     明十一日五時可有登 城候以上
               本多伊豫守
      七月十日     水野壱岐守
               太田備中守
      高木伊勢守殿
    御連書拝見仕候明十一日五時登 城可仕旨
    奉畏候右之刻限登 城可仕候恐惶謹言
      七月十日     高木伊勢守
      太 備中守様
      水 壱岐守様
 
 
      本 伊豫守様
            御請
一 艮刻為御請御用番太田備中守殿江罷出
      十一日
一 五時前染帷子麻上下着登 城御目付衆へ相達し候且又
  太田備中守殿江御登 城之節懸御目罷出候段申達候其
  以後御座之間御勝手にて紀州へ之御暇被下拝領物被
  仰付候旨水野和泉守殿被 仰渡則 御前へ被
  召出和泉守殿披露御敷居之際へ罷出候處紀州へ之
  上意被 仰含候御使被 仰付御暇被下難有之旨
 
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  和泉守殿御取合有之於芙蓉之間御老中御列座
  若年寄衆列座黄金十枚致拝領候追而罷出御禮
  申上候
一 其以後太田備中守殿御書付一通御小姓組方水谷
  出羽守殿拙者へ御渡し被成候左之通但水戸江
  上使水谷出羽守殿拙者同日ニ被 仰付御暇も今日
  同日ニ被 仰渡候ニ付而也
    高木伊勢守
    水谷出羽守  此所にて御暇ニ付御老中御傳言有之
                 高木伊勢守
                 水谷出羽守
 
 
     明十二日奉書等可相渡候間四時 御城へ可罷出候
       七月十一日
一 此表発足之義紀州ニ而 御使相勤候日限中納言殿御精
  進日書付太田備中守殿へ致進達候處書付之通可相勤
  旨被 仰聞候
      覚
    明後十三日爰元發足仕當月廿七日
    上使相勤申候若滞候ハヽ廿八日相勤申候
    紀州中納言殿御精進日
      七月
    七月十一日
 
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一 於御殿久世八郎右衛門へ出会左之通書付相渡候
     當月十三日爰元發足同廿六日山中着翌
     廿七日 上使相勤申候若滞候ハヽ廿八日相勤
     可申候
       七月十一日        高木伊勢守
一 退出之節御老中若年寄衆へ相廻り中納言殿御留主
  屋敷へ罷越今日紀州へ之御暇被 仰出明後十三日致
  發足候段申置候松平左京大夫殿へも罷越右之段申
  達御側衆へも参候
一 傳馬町江家来方ゟ差越候書付左之通
    高木伊勢守今度紀州ヘ 上使被 仰付
 
 
    明後十三日當地発足付半駄賃傳馬十三疋
    内弐疋ハ明十二日明ケ七ツ時伊勢守牛込御門之
    内屋敷ヘ可被差越候残り十一疋継人足六人但長持
    弐棹之人足明後十三日明ケ七時右屋敷江可被
    差越候右之通品川より泉州山中迄無滞候様
    宿々江被申継可給候猶又道中泊り別紙
    書付遣し候以上
         高木伊勢守内
   享保十三年申七月十一日  藤田太郎右衛門
                高橋与一右衛門
    傳馬町
 
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        馬込勘解由殿
        吉沢主計殿
        高野新左衛門殿
        小宮善右衛門殿
 紀州 上使高木伊勢守江戸ゟ泉州山中迄
 泊り覚
  戸塚  小田原 沼津 江尻  金谷
  濱枩  赤坂  熱田 四日市 水口
  大津  貝塚  山中
        高木伊勢守内
 
 
 享保十三年申七月十一日   藤田太郎右衛門
               高橋与一右衛門
   従江戸泉州山中迄問屋中
   十二日
一 今朝四時登 城於芙蓉之間御老中御列座水野
  和泉守殿奉書相渡し 上意之趣御書付御渡被成候
  御傳言例之通可被達旨被 仰聞候大坂表御傳言之義も
  相伺候處例之通可被達旨被 仰聞候
    上意          紀伊中納言殿
   公方様大納言様益御機嫌能被成御座候間
 
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   可被御心安候弥無異被在候哉被為 聞度
   思召候為 上使謹被遣候時御樽肴被遣之候
     奉書之写
   一 筆致啓達候
  公方様大納言様益御機嫌能被成御座候間
  可被御心安候猶又弥無異被有候哉被
  聞召度付而為上使以高木伊勢守御樽
  肴被遣之候 御諚之趣伊勢守可為演説
  候此旨可有洩達候恐惶謹言
              大久保佐渡守 判
    七月十三日     松平左近将監 判
 
 
              水野和泉守 判
     岡野石見守殿
一 西之御丸江罷出候様ニと安藤對馬守殿被 仰聞候故罷出
  候處 西之御丸於芙蓉之間 大納言様御意之趣
  御書付御渡し并奉書御渡し被成候
      大納言様御意   紀伊中納言殿
     公方様大納言様益御機嫌能被成御座候間
     可被御心安候弥無異被在候哉被為 聞度
     被思召候御使被遣候付従
     大納言様御肴被遣之候
 
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     奉書之写
     一 筆致啓達候
     公方様大納言様益御機嫌能被成御座
     候間可被御心安候猶又弥無異被在候哉被為
     聞度候付而為 上使高木伊勢守依被遣従
     大納言様御肴一種被遣之候
     御意之趣伊勢守可為演説候恐惶謹言
             安藤對馬守 判
      七月十三日
     岡野石見守殿
 
 
    十三日
一 今日就發足同役中江案内之廻文出し候
一 卯刻過發足
一 品川ゟ問屋従是紀州往来之内宿々問屋ノ年寄出ル
一 戸塚泊へ申中刻着
    十四日
一 戸塚卯之刻過発足
一 馬入舟場江舟肝煎出ル
一 酒匂川江大久保加賀守殿所々役人出ル川越肝煎申候
一 小田原入口江同人より先拂出ル町奉行両人出逢申候
一 小田原泊りへ申刻過着
 
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一 同所旅宿へ即刻加賀守殿参御機嫌被相窺逢申候
  被帰候以後使者を以一種来逢候而返答申遣ス追而
  此方ゟも使者を以礼申遣ス
    十五日
一 小田原卯の刻發足箱根御関所へ給人壱人先達而
  遣し惣人行列ニ而罷通り就番人致下座候乗物留メ
  致時宜候人数通り切是迄之由爲届申候
一 三嶋宿へ山田治右衛門手代出ル
一 同所宿はつれ江同人手代出ル
一 今晩沼津泊り之處参向之公家衆右駅ニ止宿ニ付
  三嶋ニ宿り申候申刻過着
 
 
    十六日
一 三嶋寅刻發足閏(ママ「潤」)井川冨士川満水ニ而無之由注進
  ニ付吉原を四ツ時前着滞留申候
    十七日
一 閏(ママ「潤」)井川昨晩申上刻ゟ越有之候得共冨士川未満水ニ而
  漸今朝巳刻ゟ歩行越有之馬渡は未無之候得共吉原
  辰刻過発足
一 冨士川渡し場ヘ会田伊右衛門手代出ル舩肝煎申候
一 奥(ママ「興」)津川江同人手代出ル肝煎申候
一 江尻入口ヘ同人手代出ル
一 江尻泊り江未下刻着
 
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一 同所旅宿ヘ駿府石川丹後守殿ゟ飛札来ル明日
  御城ヘ入来可致由申越候得共先を急候故帰府之
  節立寄可申段及返答候
    十八日
一 駿河狐ケ崎ヘ御加番衆石尾七兵衛殿佐野与八殿小幡孫一殿
  より使者出ル逢候而及返答候
一 同所町中江石川丹後守殿以使者二種被相送直
  答申遣ス
一 同札ノ辻江酒井下総守殿ゟ使者出ル逢候而返答申遣ス
一 阿部川端ヘ小幡孫一殿同心被附置肝煎申候渡場江川
  越肝煎出ル
 
 
一 岡部入口ヘ土岐丹後守殿ゟ町奉行出ル先拂出ル
一 藤枝町口江同人町奉行出大手先ヘ用人番頭出ル
一 瀬戸川渡し場江用人家来并肝煎出ル
一 嶋田ヘ同人町奉行出ル先拂出ル
一 大井川肝煎之者嶋田入口ヘ出ル
一 大井川端ヘ丹後守殿家来被指出川端人足出ル
一 金谷之方川端ヘ小笠原壱岐守殿家来并町奉行出ル
一 同所旅宿江壱岐守殿ゟ使者ニ而一種来逢候而返答申
  遣ス追而町奉行先拂も出ル
一 金谷ヘ未下刻着
 
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    十九日
一 金谷寅下刻発足
一 菊川宿ヘ壱岐守殿ゟ道奉行出ル
一 掛川領境ヘ先拂出ル
一 同所町口ヘ同人物頭出ル
一 同所大手先ヘ城代家老用人番頭町奉行出ル尤下乗
  いたし及挨拶候
一 同所領分境ヘ道奉行出通り候内先拂出ル
一 掛川領之内去月八日之風雨ニ而所々橋々損し落候處
  川越有之役人出肝煎申候
一 中泉之先ヘ秋元隼人佐殿家来出ル
 
 
一 見付町口江壱岐守殿町奉行出ル
一 天龍川渡場ヘ同人家来出ル尤舟肝煎出ル
一 濱枩領入口ヘ松平豊後守殿道奉行出ル先拂出ル
一 同所大手先ヘ城代物頭先手頭大目付取次出ル尤致下乗
  及挨拶候
一 濱枩泊り江申刻過着
一 同所旅宿江豊後守殿ゟ以使者両種来及直答候則
  家来用人町奉行出ル逢不申候家来致挨拶追而豊後
  守殿被相越被伺御機嫌被帰候尤自是も以使者
  音物等之礼申遣ス
 
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    廿日
一 濱松寅中刻発足豊後守殿より先拂出ル
一 同所町はづれ江町奉行出ル
一 舞坂江岩手伊右衛門手代出ル
一 同舟場ヘ松平伊豆守殿家来出ル自分乗手舩申付候由
  乗候様申来則借用礼申遣ス
一 荒井町口ヘ同人町奉行出ル先拂出ル
一 二川江会田伊右衛門手代出ル
一 吉田入口ヘ伊豆守殿ゟ使者先拂出ル
一 同所大手先ヘ同人番頭出ル町奉行も出ル
一 御油町口ヘ岩手伊右衛門手代出ル
 
 
    廿一日
一 赤坂寅中刻発足
一 同所町中江岩手伊右衛門手代出ル
一 藤川江同人手代出ル
一 岡崎領入口ヘ水野和泉守殿先拂出ル
一 同所大手先ヘ家老物頭出下乗及挨拶候
一 同所領入口ヘ掃除役人足軽所々支配之者出ル
一 池鯉鮒町口ヘ三浦志摩守殿所支配之者出ル
一 同所同人家来人馬申付候由其外用事可承由申出ル
一 熱田泊り江未下刻着
一 同所旅宿へ尾張中納言殿兼而被 仰付候由ニ而以御
 
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  使者一種被下候麻上下着御使者ニ逢御口上承り候 御請申
  上候御使者帰り候節玄関迄送り御使者ヘ即刻使者遣ス
一 同所ヘ水野和泉守殿ゟ以使者両種来逢候而返答申
  遣ス先格に付為挨拶使者遣ス
一 尾張殿舩手役人参候付明日乗舩之義為申談逢申候
    廿二日
一 熱田卯中刻発足自分并手廻り計御舩に乗申候
一 桑名ヘ巳中刻着舩
一 尾張殿江御使者御音物旦又今日乗舩被 仰付候爲
  御礼竹腰志摩守殿迄書状遣ス
一 宮ニ而尾張殿舟役人参り舩之義申聞候逢候而追而出舩
 
 
  右役人江一樽肴遣し水主共へ双樽肴遣し候
一 桑名上り場へ松平下総守殿ゟ番頭町奉行并所役人
  出ル先拂も出ル
一 四日市入口江松平甲斐守殿ゟ家来出ル先拂出ル
一 追分先橋際江甲斐守殿ゟ役人出ル
一 石薬師入口ヘ多羅尾治左衛門手代出ル
一 同所泊江申上刻着
    廿三日
一 同所より大坂御城代酒井讃岐守殿御城番渡部越中守殿
  戸田大隅守殿町奉行衆鈴木飛州松平日州江銘々以飛
  札明晩伏見乗舩明後朝大坂着舩之旨申遣す
 
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一 同所寅中刻發足
一 庄野江多羅尾治左衛門手代出ル
一 龜山大手先へ板倉新十郎殿番頭町奉行支配之者出る
  掃除役人先拂も出ル
一 同所途中迄同人より使者来逢候而返答申遣し候町
  はづれへ徒目附出ル
一 土山町口ヘ多羅尾治左衛門手代出ル
一 水口領入口ヘ加藤孫三郎殿家来出ル先拂も出ル
一 同所中程ヘ同人より使者来ル
一 同所大手先へ同人家老番頭町奉行出ル致下乗及挨
  拶候同向屋敷ヘ役人出ル
 
 
一 同所和泉村ヘ掃除役人出ル
一 横田川江加藤孫三郎殿より家来被附置舩場へ人足出ル
一 石部泊へ酉刻過着
一 同所旅宿江本多主膳正殿より以使者一種来逢候而
  返答申遣ス
    廿四日
一 石部卯刻過発足
一 膳所町口へ主膳殿ゟ先拂出ル
一 同所大手先へ同人家老町奉行出致下乗及挨拶候
一 膳所町はづれへ桜井孫兵衛手代出ル
一 大津馬場先へ長田越州本多筑州ゟ當所与力同心出ル
 
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一 山科領入口へ玉虫左兵衛手代出ル
一 北条遠江守殿へ為届使者遣ス
一 伏見へ申下刻着
一 北条遠江守殿より使者来逢候而返答申遣候同人組
  与力用事承べく由申来逢候事
一 角倉与市木村宗左衛門ゟ舩申付候由ニて使者来逢候而
  返答申遣し候尤乗舩可申由申遣し候
一 稲葉丹後守殿ゟ乗舩申付候由ニて使者来并一種来
  逢候而返答申遣ス舩は角倉与一木村宗左衛門より
  指出し候を借り候故断申遣ス
一 玉虫左兵衛より使者ニ而一種相送り候
 
 
一 酉中刻伏見乗舩
一 淀川江丹後守殿より使者舩にて出ル逢候而答申遣ス
  先払も小舩陸地とも先拂出ル
一 淀橋へ丹後守殿ゟ使者出ル丹後守殿被罷出可被伺
  御機嫌之處不快ニ付無其義由被申越候逢候而返答
  申遣ス
    廿五日
一 暁七ツ半時大坂今橋一丁目平野屋五郎兵衛宅ヘ着旅宿迄
  町奉行衆より返礼来有之旅宿被申付候旨并明朝御城代
  酒井讃岐守殿不快ニ付對談無之旨旦又御城番渡部
  備中守殿此間病死候由申来尤是よりも着為届飛州
 
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  日州へ使者遣ス
一 紀州御留主居用事可承由ニて入来逢候而山中より若
  山迄召連候人数書望候付認メ遣ス
一 鈴木飛州松平日州ゟ着為悦使者来逢候而返答申
  遣す
一 岡部美濃守殿より使者ニ而一種来逢候而返答申遣ス
一 松平遠江守殿より使者にて一種来逢候而返答申遣ス
一 辰刻過羽折にて鈴木飛州宅へ罷越御進物之御樽肴
  致一覧候家来壱人麻上下着ニ而召連御進物受取セ
  申候其節両御城番与力両町奉行与力立合上包
  いたし御樽之錠おろし鍵共相渡し候
 
 
一 前々は御城代下屋敷ニ而御城代并御加番衆地役衆へも
  致参着候筈之處讃岐守殿不快故飛州宅ニ而御城番
  戸田大隅守殿但渡辺殿備中守殿ニは病死大御番頭小堀
  備中守殿山口伊豆守殿御加番衆西尾隠岐守殿小笠
  原能登守殿堀田出羽守殿但し松平志摩守殿不快ニ而
  不被出候尤鈴木飛州松平日州御舩手小濱孫三郎御目付
  高木酒造之進岡部主水参候而被伺御機嫌御老中
  御傳言申達候宿継御證文讃岐守殿不快ニ付飛州へ
  御渡し置被成候由被相渡則請取申候追付帰宅
一 鈴木飛州小濱孫三郎宿へ見廻逢申候
一 酒井讃岐守殿病気ニ付今日鈴木飛州宅迄傳言申置候へ共
 
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  尚又為届下屋敷へ遂参候
        宿継御證文之写
     此御樽肴従大坂和哥山迄人足拾六人杖突
     壱人ツヽ出し急度可持参者也
       七月廿五日    讃岐印
                   右宿中
一 大坂午刻過発足
一 御進物先へ立家来指添遣候
一 御進物之宿継證文受取申度旨申来候付御證文写
  し家来より渡ス
一 堺町入口へ浅野壱岐守殿同心并先拂出此方よりも
 
 
  為届使者遣ス
一 同所町はづれへ石原清左衛門手代出ル
一 青木村ニ岡部美濃守殿掃除役人先拂足軽出ル
一 岸和田入口へ同人町奉行出ル
一 同所へ同人より使者を以伺御機嫌被申度由ニ而町
  屋敷へ立寄候様ニと申来則立寄候而致面談候
一 同所町末へ同人町奉行出ル
一 貝塚泊へ酉上刻過着
一 同所旅宿へ卜半両種持参逢候而此方よりも以使者
  一種遣之
一 同所へ美濃守殿より以使者一種来逢候而返答申遣ス
 
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    廿六日
一 貝塚卯刻発足
一 信達へ岡部美濃守殿ゟ使者ヲ以一種来逢候而返答申遣ス
一 山中入口へ石原清左衛門手代出ル
一 山中宿へ巳上刻着
一 同所旅宿へ紀州御城附井口源次右衛門御附置早速被
  参逢候而諸事申談候餅菓子出之被帰候而両種以使
  者相送候下り泊附も認メ遣候様家来迄申聞候付書
  付遣し候
一 同所へ岡野石見守ゟ明日山口へ罷越候由ニ而使者を以
  両種来り返答申遣ス
 
 
一 同所江安藤彦兵衛ゟ以使者明日私宅へ致中宿候
  旨申来并一種来ル
一 同夜亥中刻時分能候由源次右衛門ゟ案内申来候付御進
  物山口御馳走場迄上下着候家来一人差添并自分
  太刀目録馬代持刀番共都合四人先へ遣し追付源次
  右衛門旅宿へ被参候而案内被申候而少し先へ乗輿引
  續候而麻上下着罷立候山中ゟ道々夜明ケ迄松明数
  多出ル山口迄一り半上下着候家来四人は先へ指越候
一 中納言殿より国境迄為御使者大寄合被出候逢候而御受申上候
一 山口御馳走場へ寅刻過着岡野石見守大番頭大組供番
  頭使役頭御用人大小姓頭足軽頭徒士頭目附何も同道
 
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  にて御座敷へ罷通り料理出ル召連候家来下々迄御料理
  被下之井口源次右衛門万端肝煎申候相済候而最前之御進
  物若山安藤彦兵衛宅迄先達候而遣之
一 紀ノ川ニ舟橋掛り御座舩一艘餘り有之川端ニ小荷
  駄数多出申候舟橋之際へ舟役人之者与力同心出ル
一 和哥山城壱里程手前八軒屋迄中納言殿迎ひニ御出
  此方ゟ見懸候と乗物ゟ下候中納言殿ニも御下り被成候而於
  途中御目ニ懸り候御時宜有之御乗物へ御乗被成候以後
  壱丁程御偲にて乗輿
一 和歌山町過曲輪之橋ゟ下乗大番頭被出向門番衆致
  下座致時宜門際へ岡野石見守出門之内十五間程先
 
 
  長屋之間へ安藤彦兵衛三浦遠江守渡辺周防守久野
  織部朝比奈惣左衛門伊達源左衛門其外城代大寄合大番頭
  大組御用人大小姓頭徒頭迎ニ被出致同道安藤彦兵衛
  宅へ参候茶屋宗味も出取持申候
一 七月廿七日辰刻過安藤彦兵衛宅へ中納言殿御出案内有
  之候付次之間寄附迄御迎ひニ罷出座敷へ御通り御挨拶
  畢而時分御左右可被成被仰御帰即刻湯漬出茶
  菓子濃茶迄出召連候上下山口之通り御料理被下候
  追付長袴着候処時分能候間城へ参候様供番頭御使者
  被下候則御請申上候
一 御樽肴彦兵衛宅より源次右衛門并彦兵衛家来黒田弥右衛門
 
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  指添手前家来附候而先達而城ヘ差遣ス唐門玄関ニおゐて
  両人差圖有之処ニ而御樽之鍵とも弥右衛門江相渡し夫ゟ
  常之玄関江右御進物附候家来罷越候太刀并馬代持
  候家来両人も源次右衛門指圖候御進物ニ附候者も一所ニ先へ
  御城入何も常之玄関ゟ罷越候源次右衛門差圖之座敷
  には奏者番平井傳左衛門江太刀馬代共相渡し候尤右三
  人之家来若黨小者壱人つゝ召連候
一 辰刻過御家老衆其外同道城ヘ罷越候惣供は大手
  腰懸ニのこし置駕脇七人召連中之御門ゟ上下着候刀持
  并草履取挾箱二ツ城へ入申候京橋御門之内与力同心
  市之橋内へ足軽頭壱人与力同心出中之御門外迄
 
 
  御家老衆城代番頭大組御普請奉行供番頭町奉行
  被出候中之御門之内与力同心唐門之番物頭留守居番頭御籠奉
  行根来頭衆中被出候何も致時宜候往来共同前唐門へ
  取附候前脇石段有之其下より莚敷此処ニ而刀為持股立お
  ろし申候召連候家来は唐門之外迄中納言殿御迎に
  御出被成候付見へ不申候様ニ中門へ指扣へさせ申候我通り
  候以後源次右衛門差圖にて刀番も右御進物ニ付候者も一所ニ
  座敷へ通り候
一 中納言殿唐門玄関之外薄縁之前迄迎ひニ御出御跡ニ付
  御座敷へ通り候御樽肴上段ニ並へ置 中納言殿江
  上意之趣上段ニ而申述下段江退き其節奉書取出シ
 
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  御家老衆へ可相渡躰ニ致うへは 中納言殿直ニ御受取被成候
  御老中之傳言申上御次へ罷立自分太刀目録奏者番
  平井傳左衛門披露有之致御礼候追付御料理出
  中納言殿御相伴被成候銚子二通り松竹之臺出御時宜
  有之中納言殿御初め御盃并御肴被下候加之時御道
  具三浦遠江守持出載候て御次へ立右之御刀指候而
  御礼申上也又御次へ立刀抜置候得者三浦遠江守受取
  勝手へ引申候御刀[宝寿/金七枚]囃子有之其後土器中納言殿へ
  上ル次ニ諌鼓之臺出ル自分初め候様との御事ニ付再往
  御時宜申候て初之中納言殿へ上申候御返盃被下候而御
  勝手へ御入被成候間御座敷御縁頰へ出申候此節家老
 
 
  衆其外之衆被出盃事いたし候其後中納言殿御出蕗之
  臺出ル致時宜御初被成候而此方へ被下之則上ケ御納メ被成候
  御囲ニ而御茶可被下と御支度被成候由被仰御入被成候
一 右之御座敷ニ而御菓子出且又今度上使為御礼松平圖書
  被遣候今晩発足江戸ニ而も我等御老中江廻り候當日
  廻り可申由三浦遠江守被申聞候則圖書被致面談井口
  源次右衛門茶屋宗味も出案内ニ而大廣間へ出此屋敷之
  内屛風ニ而囲其内ニ而半上下着替申候其後最前之座敷
  へ参り候て罷在候得者三浦遠江守案内ニ而御囲へ参り
  候間御道具香合抔見申候遠江守通口ニ而詰御手前ニ而
  御茶被下少御時宜申上給申候御茶入御見せ被成候御茶
 
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  過御居間へ罷通り候様被仰候最初御座敷へ罷出
  相傳候処遠江守を以罷通り候様ニと被仰下則同人案
  内にて有之後段御銚子御菓子薄茶出御咄し之間見
  計ひ御請之義申上候得者奉書御請御認メ可被成と被仰候
  其席を罷立候得者御居間廊下迄御送り被成候此時
  大廣間囲之内へ罷越長上下着最前之座敷へ罷越
  中納言殿早速御出上段ニ而御請被仰下段ニ而奉書御
  請御渡し被成候老中へ之御返事被仰候則御暇申
  上罷立唐門玄関之外迄家老衆其外之衆も最前之通
  被罷在候何も同道ニ而彦兵衛宅へ罷越長袴着替申候
  然處へ中納言殿ゟ御使者供番頭を以折重被下候
 
 
  則披き吸もの出ル家老衆相伴被致候膳取茶出申候
  罷立候節右迎ひに被出候所迄家老衆其外之衆送り
  被申候中納言殿へ御馳走之御礼且又山中ニ而馳走候召仕
  之者へ御樽肴被下候御礼之義も頼入候由申候何も暇乞いたし
  候 中納言殿最前之如く八軒屋先迄送りニ御出被成候別途
  中掛御目候處暑気之砌別而大義之由山口茶屋江立寄
  緩々休息致候様ニと被仰候山口御馳走場門前へ久野
  織部其外之衆被出合致休足候様被申候得共断申
  置罷通り候
一 御座敷休足之内召連候四人之者共江御料理麝
  香之間ニ而被下置医師相伺ニ罷出候
 
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    盃ニ被出候衆
  安藤彦兵衛  三浦遠江守 岡野石見守
  渡辺周防守  久野織部  朝比奈惣左衛門
  伊達源左衛門
    右者老中
  垣屋一郎兵衛 水野勘解由 渋谷角右衛門
  浅井忠八   菅沼半兵衛 山中作右衛門
    右者城代大寄合 大番頭
        奉書之御請
  奉書令拝見候
  公方様大納言様益御機嫌能被成御座
 
 
  目出度奉存候然者為 上使高木伊勢守
  方御然之 御諚之趣謹而承誠以忝
  仕合奉存候其上御樽肴致拝領重
  畳忝奉存候 御前可然様御取成頼
  入候恐々謹言
    七月廿七日  紀伊中納言
     水野和泉守殿
     松平左近将監殿
     大久保佐渡守殿
 
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  奉書令拝見候
  公方様大納言様益御機嫌能被成御座
  目出度奉存候然者為上使被成下高木
  伊勢守方ニ付従 大納言様
  御然之 御諚之趣謹而承忝仕合ニ
  奉存候其上御樽肴致拝領重畳忝
  奉存候 御前可然様御取成頼入候
  恐々謹言
          紀伊中納言
  七月廿七日
    安藤對馬守殿
 
 
一 境橋迄御使者供番頭被下則御請申上候
一 山中へ残し置候者共へ双樽御肴被下候
一 同所近所へ石原清左衛門手代出ル
一 山中へ未之下刻着
一 同所旅宿へ従中納言殿御飛札并ニ忍冬酒一樽粕
  漬鯛一桶被下候三浦遠江守まで御請相認メ遣ス
一 同所へ安藤彦兵衛三浦遠江守加納大隅守水野太郎作渡部
  周防守久野織部朝比奈惣左衛門伊達源左衛門飛札ニ而両
  種ツヽ来ル則返礼遣ス此節御馳走為御礼御家老衆中へ
  銘々書状遣し井口源次右衛門へも取持之礼状遣ス
一 同所より問屋江家来ゟ泊附并傳馬之書付相渡し紀州
 
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  上使高木伊勢守泉州山中ゟ江戸迄
      泊人馬之覚
   大坂  伏見  石部  関   桑名  鳴海
   御油  濱枩  嶋田  江尻  沼津  小田原
   神奈川  休 品川
    半駄賃       拾弐疋
    人足        三人
    右之通無相違宿々江申送り可給候以上
            高木伊勢守内
   享保十三申年七月廿七日   藤田太郎右衛門印
          泉州宿山中ゟ江戸品川迄
                    問屋中
 
 
一 山中寅中刻發足近所へ石原清左衛門手代出ル
一 信達江岡部美濃守殿ゟ役人出ル先払も出ル
一 貝塚ニ而卜半ゟ使僧一種来ル其以後町中へ卜半被出合
  致對面候
一 同所へ美濃守殿より一種来ル岸和田入口へ同人町奉行
  出并使者来ル於門前被致出会度被相待候よし申
  来則大手先へ出被致對面家老番頭用人等出ル
一 同所町へ同人町奉行出ル
一 堺入口へ浅野壱州与力同心町はづれへ出同心先拂
  出ル此方ゟも為案内使者遣ス
一 同人より使者ニ而一種来逢候而返答申遣ス
 
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一 住吉ニ而津守兵部太輔より使者出ル
一 大坂泊江未刻着
一 同所ゟ鈴木飛州宅へ罷越紀州御使無滞相勤今日
  大坂表へ通り候段若年寄衆へ申達候書状并
  同役へ之書状継飛脚ニ届給候様相渡し申候御城
  代初御城番大御番頭御加番衆へも可然様相心得
  給候様ニと頼置候
一 鈴木飛州松平日州着為悦使者来ル
一 紀州ゟ之御礼使松平圖書ゟ一種来我等ゟ先達而江
  戸へ参着品川表へ附人致し我等参着承知之上
  御老中方勤候以後紀州より之御使被相勤候様ニ
 
 
  可致由申来承知之段及返答候
      廿九日
一 大坂寅中刻發足
一 於大手先町奉行出先拂出ル
一 木津舟橋へ同人より使者出ル
一 同所へ北条遠江守殿より使者来此方ゟも為届使
  者遣ス
      八月朔日
一 伏見卯上刻發足
 
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一 大津中程へ本多主膳正殿先拂出ル追手先へ家老
  町奉行出ル
一 石部泊りへ申上刻着
      二日
一 石部卯刻過發足
一 横田川江加藤孫三郎殿家来川役人并人足出ル
一 和泉川へ同人より役人出ル
一 北脇村へ同人より使者来逢候而返答申遣ス
一 水口領入口へ同人より先拂出ル同大手先へ家老番頭
  町奉行出致下乗及挨拶申候
 
 
一 新庄村へ同人ゟ役人出ル
一 土山入口江多羅尾治左衛門手代出ル
一 沓懸江板倉新十郎殿ゟ役人出ル
一 関町口へ同人ゟ町奉行出ル先拂□(虫損)出并役人出ル
一 同所泊り江申下刻着
一 同所旅宿へ新十郎殿より使者ヲ以一種来逢候而返
  答申遣ス
      三日
一 関卯刻發足
一 龜山大手先へ板倉新十郎殿ゟ使者来逢候而返答
  申遣ス町奉行出先拂も出ル
 
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一 四日市へ松平甲斐守殿家来出ル
一 泊り村登之通盛砂有之
一 桑名入口江松平下総守殿先拂出同大手先へ番頭町
  奉行出ル
一 同所泊りへ申中刻着
一 同所旅宿へ下総守殿ゟ使者を以双樽一種来逢候而
  返答申遣ス旦又町奉行来先達而於大手逢候付
  申置帰り候追付舟奉行来ル明日乗舩出し置申
  候由逢候而乗舩一艘借用可申段及挨拶候水主
  参候而家来致面談候
 
 
      四日
一 桑名卯刻過乗舩水主頭目録水主酒肴出し申候
一 同所舩場へ下総守殿町奉行掃除役人出ル
一 鍋田越乗舩可致處舟役人天気合風立可申間佐
  谷へ廻り可申段申聞候付佐屋へ廻り申候
一 鳴海へ申中刻着
一 同所へ尾張中納言殿江戸ゟ被仰越候由ニ而御使者
  来候逢候而御口上承り御請申上候追而御使者へ使者
  遣し為御礼竹越志摩守へ書状遣し候
 
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     五日
一 鳴海卯刻發足
一 尾張三河之境苅屋領へ三浦志摩守殿先拂出ル
一 同所へ同人道奉行人馬申付候由ニ而出ル
一 池鯉鮒之町口へ同人町奉行出ル
一 岡崎領境へ水野和泉守殿掃除役人并人足召連出ル
一 矢剥(ママ「作」)橋前先拂出ル大手先へ和泉守殿年寄番頭
  出致下乗及挨拶候
一 同所町末へ道奉行其外掃除役人所々江出ル
一 藤川町口へ岩手伊右衛門手代出ル
一 赤坂入口へ同人手代出ル
 
 
一 御油泊へ未下刻着
一 同所水野和泉守殿より以使者両種来逢候而返答
  申遣ス従是も使者遣ス
     六日
一 御油卯上刻發足
一 吉田入口へ松平伊豆守殿先拂出中程へ番頭町奉
  行出ル同所札之辻江同人手代出ル
一 荒井渡場へ使(ママ「伊」)豆守殿町奉行出自分乗申候舩賃
  申度よし則礼申候
一 舞坂舟付へ會田伊右衛門手代出ル
 
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一 濱枩領入口へ松平豊後守殿先拂出ル
一 同所増未村へ同人道奉行出ル
一 同所泊江申中刻着
一 同所旅宿へ同人ゟ以使者両種来逢候而返答申
  遣ス旦又番頭用人町奉行来ル
     七日
一 濱松寅中刻發足
一 同所大手先へ豊後守殿城代物頭先手頭目付取次
  役之者出ル先拂も出ル
一 天龍川端へ小笠原壱岐守家来出ル
 
 
一 見附中口江壱岐守殿町奉行出ル
一 袋井入口へ同人道奉行足軽所々江出先拂も出ル
一 掛川領へ同人物頭出大手先へ城代家老用人番頭
  町奉行出ル
一 掛川町中へ同人ゟ以使者一種来逢候而返答申遣ス
一 同所町はづれへ同人物頭出ル
一 菊川江同人道奉行出ル領分境迄先拂出ル
一 金谷入口江同人當地支配之者出ル
一 大井川江同人家来出川渡人足出ル
一 嶋田町入口へ土岐丹後守殿町奉行出中程へ傳馬
  奉行出先拂出
 
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一 同所宿へ酉之上刻着
一 同所旅宿へ丹後守殿町奉行用事可承由ニて来ル
  先刻逢候故致挨拶候
     八日
一 島田卯刻過發足
一 同所泊り近所へ土岐丹後守殿町奉行傳馬役人出先払も出ル
一 藤枝町へ同人町奉行傳馬役人出大手先へ同人用人
  番頭出
一 岡部町へ町奉行所役人出ル
一 同所へ御城代酒井下総守殿石川丹後守殿枩平
 
 
  備前守殿内藤弾正殿関兵部殿御城番佐野与八郎殿
  石尾七兵衛殿小幡孫市殿大原文右衛門殿使者出ル逢候而
  返答申遣ス且又丹後守殿ゟ御城入可致旨被申越候
  得共従途中不快ニ付立寄申間敷段申候處難波や
  仁右衛門方へ立寄り候様申来候付承知之段申
  達候
一 石川丹後守殿難波や仁右衛門方へ被出向暫遂對談候
一 江尻町口へ会田伊右衛門手代出ル
一 同所宿り申中刻着
     九日
 
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一 江尻卯上刻發足
一 興津川江人足肝煎出ル
一 冨士川江会田伊右衛門手代出舟肝煎出申候
一 沼津泊へ申下刻着
     十日
一 沼津寅中刻發足
一 三嶋入口へ山田治左衛門手代出ル
一 箱根御関所へ登之通前後届させ候
一 小田原町口へ大久保加賀守殿町奉行両人出先拂
  も出ル
 
 
一 小田原泊り江酉刻着
一 同所旅宿へ加賀守殿ゟ使者一種来候逢候而返答
  申遣ス追付家老罷越候逢候而此方ゟも為御礼使
  者遣ス
     十一日
一 小田原寅中刻發足
一 酒匂川江加賀守殿役人出ル肝煎并川越出ル
一 馬入舟場へ日野小左衛門手代出舟肝煎出ル
     十二日
 
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一 神奈川寅下刻發足
一 六郷渡し場江肝煎出ル
一 品川休足所へ紀州御使松平圖書ゟ手紙ニ而今日
  帰府之届御老中方相廻り候哉と申来候故弥廻
  り候段申遣ス
一 品川ゟ自分染帷子麻上下着供之者旅装束之
  儘江戸廻り召連候人数ニ而御用番水野壱岐守殿江
  罷出 上使相勤只今着仕候段用人を以申達候
  夫ゟ去月之御用番太田備中守殿江可罷越處
  折節壱岐守殿宅へ太田備中守殿本多伊豫守殿
  御用ニ付御寄合御座候由先格之通先月御用番
 
 
  水野和泉守殿且又安藤對馬守殿へ罷越奉書御請
  進達可致哉と申達候處先格之通可致由壱岐守殿
  備中守殿伊豫守殿御三人共被仰候よし用人申
  聞候付水野和泉守殿江罷越候而 御使相勤帰府
  仕候段且又奉書御請進達可致哉と申達候處
  明日御城へ罷出於 御殿可致進達旨并其節
  御馳走之次第も御聞可被成由被 仰聞候夫ゟ安藤
  對馬守殿へ罷越右之通申達候處早速御逢奉書
  御請取被成御馳走之次第御聞被成候間申達候
  夫ゟ御老中方若年寄衆不残江相廻り候
一 帰府為案内同役中江致廻状文言廻状留ニ有之
 
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一 従紀州以使者御書被成下今般遠路御使ニ罷越
  大儀之よし又道中無恙帰府致候哉と被仰下
  候付三浦遠江守迄御請認メ遣ス
     十三日
一 今朝五時過染帷子麻上下着登 城水野和泉守殿
  御登城懸り御奉書御請可致進達哉と申上候處
  後刻於御列座御受取可被成由其後於羽目之間
  御老中御列座奉書御請水野和泉守殿御請取被成候
  御請之御口上御聞可被成哉と相伺候處追而於 御前例
  之通可申上候由其節者御聞ニ不及候由ニて御座候御馳走之
 
 
  次第御道具被下候義且又御手前ニ而御茶被下候段申上候
  紀州并於大坂表御傳言申達候道中ニ而御機嫌被
  相伺候衆口上申達候
一 紀伊中納言殿御留主屋敷へ罷越紀州ニ而御馳走之
  御礼申上置夫ゟ枩平左京大夫殿へ相越紀州ニ而之御馳
  走之御礼申置候
一 尾張中納言殿江罷越熱田ニ而往来共御使者御音物
  且又乗舩被 仰付候御礼申置候
     十四日
一 今八時若年寄衆御連名之奉書到来
 
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     明十五日  上使帰之 御目見被 仰付候間
     五時登 城可有之候已上
               本多伊豫守
        八月十四日  水野壱岐守
               太田備中守
      高木伊勢守殿
  艮御請認遣ス
     御切紙奉拝見候明十五日
     上使帰之 御目見被 仰付候間五時登
     城可仕旨奉畏候右之刻限可罷出候恐惶
     謹言
 
 
               高木伊勢守
      八月十四日
      太 備中守様
      水 壱岐守様
      本 伊勢守様
  右御請して御用番水野壱岐守殿へ致伺公候
     十五日
一 五時染帷子麻上下着登 城月次之御礼前御目付
  衆山吹之間へ参候様ニと被申越罷在候処水野壱岐守殿
  御出御案内にて 御座之間へ罷出候處左近
 
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  将監殿伊豫守殿御披露有之候節御礼申上
  則御請之御口上申上候
  上意有之退き申候夫ゟ御礼過西御丸江罷出御老
  中若年寄衆へ御礼ニ廻り尤御側衆へも罷越候
一 今度 上使為御礼紀伊中納言殿ゟ御使ニ松平
  圖書を以御太刀馬代黄金十両紗綾五巻被下候
  圖書へ致面談御請申上候
一 昨日従中納言殿御使音物之為御礼今日御留主
  屋敷へ遂伺公候
一 紀州御使帰府翌日ゟ廿日休ニ而九月四日ゟ出勤
 
 
     同年
       同人書状之扣并書状等相渡候扣
一 七月二日久世八郎右衛門方持参之書付
       公儀御精進日之外
         七日
       右之外障日無御座候
一 同日惣人数書一通山中ゟ和哥山迄召連候人数書付一通
  御家老衆宅ゟ御城内へ召連候人数書一通登泊附
  相渡し申候被進物付給人且又自分進上之御太刀
  目録給人壱人御馬代給人壱人被致持参候
     御進物附           藤田太郎右衛門
 
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       進上之御太刀       本多唯右衛門
       目録持参         中川岡右衛門
       御馬代持一人       岡村左内
       刀番           壱人
一 七月廿五日大坂旅宿へ紀州御留主居山中ゟ和哥山へ
  召連候人数書望ニ付左之通認メ遣ス
        山中ゟ和哥山江召連候人数
      御進物附壱人
      自分太刀目録附壱人
      同馬代持壱人
      刀持壱人
 
 
        右四人上下着
      中小姓七人
      徒士 七人
      鑓  壱本
      挾箱 三人
      草履取壱人
      笠持 壱人
      馬  壱疋
      沓箱 壱人
      合羽持八人
      押足軽三人
 
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      右之通
        但上下着候四人何も若黨小者鑓持
        壱人つゝ召連候
一 同月廿六日山中於旅宿本陣長生喜左衛門申聞候者前々
  山中ゟ和哥山へ召連候人数明細書喜左衛門方へ請取
  来候付書付認メ可相渡哉と申候付左之通認遣ス
        山中ゟ和哥山へ召連候人数
    御進物附         藤田太郎右衛門[若黨小者/鑓持]
    自分太刀目録       本多唯右衛門 同断
    同馬代持         中川岡右衛門 同断
    刀持           岡村左内   同断
 
 
    中小姓          七人
    徒士           七人
    鑓            壱本
    挾箱一對         三人
    草履取          壱人
    笠持           壱人
    馬壱疋          二人
    沓箱持          壱人
    合羽持          八人
    押足軽          三人
       太刀持箱持共人数五十壱人又もの共
 
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       右之通杉原横折紙ニ認メ喜左衛門江渡ス
一 持参之太刀年始献上之通用之
一 同目録大高檀紙一重真字ニ而進上以上名乗
  認之右太刀箱ニ入為持候
一 馬代黄金壱枚椴之臺栽下水枝くり入ニ致候是ハ
  風呂敷包太刀箱之上ニくゝり付候而為持候
一 山中へ残置候家来人少ニ付中小姓格之者相残候
             高木伊勢守内
                赤石五大夫
                田畑金蔵
 
 
     書状留
  熱田ニて
  一筆致啓上候今度紀州へ之
  上使就被 仰付候罷越候熱田止宿仕候處
  旅宿迄被成下御使者殊ニ一種拝領仕忝仕合
  奉存候且又御舩拝借就被 仰付候御舩役
  人衆旅宿迄被参委細申合私乗舩一艘拝借
  仕誠以忝次第ニ奉存候御序之節宜御取成
  被 仰上可被下候頼入候恐惶謹言
             高木伊勢守判
    七月廿二日
 
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             竹腰志摩守様
                   人々御中
 石薬師発足之節
  一筆致啓上候各様弥堅固ニ可為御勤仕と
  珎重奉存候然者拙者義今度紀州へ為
  上使罷登候付明晩伏見乗舩明後朝其表
  可致着候旅宿被 仰付可被下候道々六ケ敷頼
  存候且又紀州江之御進物明後日御宅ニ而
  請取可申候左様御心得可被下候尚期面上之時候
  恐惶謹言
             高木伊勢守判
 
 
      七月廿三日
      鈴木飛騨守様
      松平日向守様
            人々御中
   尚々従
   大(虫損)納言様之御進物者相請取可申候
   此段為念申入候已上
 石薬師發足之節
  一筆啓上仕候
  公方様大納言様益御機嫌能被成御座
  恐悦至極奉存候次ニ貴公様弥御勇健ニ
 
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  可被成御座候珎重之御儀奉存候私義此度
  紀州へ之 上使被 仰付明晩伏見乗舩
  仕明後朝其表着可仕候右為可申上呈
  愚札候恐惶謹言
            高木伊勢守判
      七月廿三日
      酒 讃岐守様
          参人々御中
  一筆致啓上候先以
  公方様大納言様益御機嫌能被成御座
  御同知奉恐悦候次ニ貴様方御堅固ニ可被成
 
 
  御勤仕と珎重奉存候私儀此度紀州へ之
  上使被 仰付明晩伏見致乗舩候明後朝
  其表可致着候右為御案内如此御座候
  恐惶謹言
            高木伊勢守判
      七月廿三日
      渡邊備中守様
           人々御中
      鈴木飛騨守様
           人々御中
      戸田大隅守様
           人々御中
 
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      松平日向守様
           人々御中
 
 山中旅宿ニて
  従 中納言様被成下御書謹而奉拝見候
  委細被 仰下候趣且又一種一樽拝受仕
  冥加至極ニ奉存候御席之刻可然様御取成
  可被下候頼入存候恐惶謹言
            高木伊勢守判
      七月八日
      三浦遠江守様
             御請
 
 
  一筆致啓上候今度為
  上使就被指遣候付種々御馳走被 仰付殊ニ
  結構成御道具拝受仕忝仕合奉存候右之
  趣御序之節可然様御取成頼入存候各様ニも
  御出□(虫損)預御取持忝存候尚期後音之時候
  恐惶謹言
            高木伊勢守判
      月日
      安藤彦兵衛様
      久野織部様
 
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      三浦遠江守様
      岡野石見守様
      伊達源左衛門様
      渡辺周防守様
      朝比奈惣左衛門様
            人々御中
  同所より
   御飛札致拝見候如仰今日者首尾能御使
   相勤大慶御察之通候諸事御取持不残
   忝存候被入御念此表迄御紙面預御音物
   忝存候恐惶謹言
 
 
            高木伊勢守
      月日
      安藤彦兵衛様
      三浦遠江守様
      渡辺周防守様
      加納大隅守様
      水野太郎作様
      久野織部様
      伊達源左衛門様
      朝比奈惣左衛門様
    尚々従是も以飛札可得御意処預御状
 
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    候付序ケ間敷候得共別封進候以上
一 加納大隅守水野太郎作ゟ以書状両種ツヽ来候付相應ニ
  返礼遣ス但両人病気ニ付不成会候
   同所ゟ
    一筆致啓上候今度為 上使罷登候處
    御馳走被仰付御腰物迄拝受仕忝仕合
    奉存候御家老中迄宜様御礼頼入存候
    其先御取持故首尾能 御使相勤路次
    往来へも御越別而御太儀ニ存候右御礼為可
    申達如此御座候恐惶謹言
            高木伊勢守判
      七月廿三日
 
 
      井口源次右衛門様
            人々御中
    尚々昨日ゟ何角と御世話被下候故
    御使首尾能相勤別而忝存候□
 下之節大坂より
    一筆啓上仕候
    公方様大納言様益御機嫌能被成御座
    恐悦至極奉存候随而私儀昨廿七日紀州へ
    参着仕
    上意之趣中納言殿へ申達万端無障同日
    彼地發足仕今日大坂表へ罷通候付
 
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    右之段為申上捧愚札候恐惶謹言
            高木伊勢守判
      七月廿七日
      太 備中守様
      水 壱岐守様
      本 伊豫守様
           参人々御中
 同所より
    一筆致啓上候
    公方様大納言様益御機嫌能被成御座
    奉恐悦候且又私儀昨廿七日紀州へ参着
 
 
    首尾能 御使相勤同日彼地發足今日
    大坂へ罷越候依之右之趣若年寄衆江
    申上候付如此御座候恐惶謹言
            高木伊勢守判
      七月廿七日
      仁木周防守様
      阿部出雲守様
      秋元隼人正様
      松平伊豫守様
      金田周防守様
      内藤越前守様
 
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      戸田若狭守様
      藤堂伊豆守様
      酒井豊前守様
      酒井小平次様
           人々御中
 下り之節鳴海ニ而
    一筆致啓上候拙者儀今度紀州にて
    御使相勤罷帰候付 中納言様鳴海
    迄被成下 御使忝仕合奉存候
    御序之節宜様御取成頼入存候恐惶
    謹言
 
 
            高木伊勢守 判
      八月四日
      竹腰志摩守様
           人々御中
一 松平圖書より手紙来左之通返礼遣ス
     御手紙致拝見候弥御堅固御下着珎重
     奉存候如仰拙者儀道中無恙只今品川
     迄着致大慶候先達而申談候通従是若
     年寄衆御用番水野壱岐守殿江先罷
     罷越候而夫より太田備中守殿江参候而其以後
     水野和泉守殿江致伺公候御老中若年寄
 
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     衆不残相廻り申候被 仰聞候御紙面被入
     御念候儀ニ存候恐惶謹言
            高木伊勢守
      八月廿七日
      枩平圖書様
一 下着後御状被下候御請
     従 中納言様被成下 御書謹而奉拝見候
     随而今度 上使相勤帰府可仕と思召候
     依之被為入御念候趣忝仕合奉存候此旨
     宜御取成頼入存候恐惶謹言
      八月十二日
              高木伊勢守 判
      三浦遠江守様 御請
 
 
     紀州江上使之節道中諸事覚
一 發足當日一時程先江為宿割小役人壱人指遣候此時
  臺所長持壱棹 小間遣壱人添遣之毎日右之通
一 發足之節少先へ給人壱人指遣候宿々所々使者等
  取次として給人代ル/\為相勤申候
一 發足品川迄行列惣而本陣泊々ニ而玄関常之幕打
  之門前へ高挑灯立申候
一 佐谷ニ而も尾張殿舟役人中并水主へ遣し候もの左
  之通熱田
       酒五升樽三ツ 鯣七拾枚 弐臺白木
一 佐谷廻り之節主人手廻り尾張殿御舟借用致乗申候
 
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  其外借用賃舟ニ而も馬舟と申別ニ有之是亦賃舟
一 大津泊ゟ大坂表へ相遣し候御状共銘々旅状箱ニ
  入申候尤本陣江相渡し早速相立候様申越候飛脚
  賃は入不申候
一 伏見乗舩壱人手廻り一艘者先達而之角倉木村ゟ
  出ル馬者陸廻し其外借舟ハ賃舩
一 山中本陣玄関計紫幕打申候
一 山中本陣ニ而紀州御城附へ□(虫損)進物樽五升入外ニ
  一種精進日ニ□…□(虫損)山いも
一 若山安藤彦兵衛宅ニて四人之者へ御料理被下候節給仕者
  彦兵衛家来也同所へ上り候節家来刀為持上り申候
 
 
一 於紀州御城入之節 御城附指圖ニ而御進物鍵
  とも衣笠弁左衛門へ相渡夫ゟ常之玄関へ右三人之者
  罷越麝香之間へ罷通候刀番者自分 御城へ入
  候節以後右三人同席へ通り申候此節御道具者
  御城附持参御腰物奉行衆箱袋共被持出候付
  四人共罷出受取候折紙御拵等さつと四人一覧仕
  袋へ相納メ御床へ元之通相仕廻指置申候夫より
  御料理出ル中宿ニて帰候節も御料理出ル
一 山中へ帰着以後艮刻和哥山江之書状共認メおき
  旅状箱へ入土生次左衛門へ相達候相達候様ニと申越候
  此方ゟ飛脚申付候ニ不及候
 
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一 山中江残り罷在候者へ紀国様ゟ御樽肴被下置
  候節受取申候家来壱人麻上下着せ候
一 下り之節大坂ゟ御支配方へ進達之書状ハ小ふりニ而
  薄奉書ニ認メ於彼地御次飛脚ニ御序ニ相頼ミ申候間
  状箱ニ入不申候
一 大坂旅宿より淀乗舩之儀会所役舩申付候其外
  供舟借り賃銭出し馬者登り之通
一 帰府之節桑名枩平下総守殿より主人手廻り舩一艘
  借り申候此節舟役人江目録六百疋水主へ酒壱樽
  鯣五連白木臺へのせ遣ス支度者桑名本陣ニ申
  付乗舩前ニ相渡し惣供舟者賃舟
 
 
一 上り下りニも道中泊札之儀板ニ認メ参り毎度懸申候
  下宿も夫々紙札為持申候
一 於道中川々出水之節帰府之日限延引之段若年
  寄衆へ注進申候書状先年松平内匠頭殿被相勤候節之
  文例為心得借用申候
     一筆啓上仕候
     公方様大納言様益御機嫌能被成御座
     恐悦至極奉存候且又私儀去ル廿四日大井川
     出水ニ而廿五日金谷止宿仕水落申候ニ付
     今廿七日四時渡川仕候帰府之日限延引
     仕候付此段申上候恐惶謹言
 
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       月日         名判
       若年寄衆宛
右書状遣候節同役中へ之添状遣ス
     一筆致啓上候
     公方様大納言様益御機嫌能被成御座
     恐悦至極奉存候随而拙者義去ル幾日金谷
     駅迄罷越候處大井川出水ニ而彼地ニ止宿
     仕水落候付今日致渡川候此段若年寄衆
     江以書□(虫損)申達候付乍御六ケ敷御用番之御
     方江御進達可被下候恐惶謹言
       月日         名判
 
 
       同役中先達之通
一 泊々ニ而本陣主へ旅籠之外目録遣候事
一 腰懸茶屋へ金百疋ツヽ
一 さつた峠なとニ而も休息□(虫損)間海辺見渡之場所故海士
  貝鮑なと取せ候付鳥目壱貫文遣之
一 大坂上下泊之節目六金五百疋ツヽ遣候事
一 山中上下泊之節目六壱両ツヽ遣候事
一 和哥山城へ四人之外不残旅装束之事
一 於江戸御城附被参候節門明候事
一 道中持セ候長柄傘なめし革(かわ)袋入びろうどニ而も
  勝手次第
 
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一 大坂鴻池善右衛門方ニ而殊之外馳走故上下共金百疋ツヽ
  遣し候筈しかし其節之模様ニよるべし
一 貝塚卜半江遣し一種は菓子ニ而も漬蕨ニ而も
一 御進物之附人其外上下着四人之者山中ゟ一所に
  駕籠ニ而参候尤所々駕籠かき雇申候御國境
  迄御使者出候付為致下乗候八軒屋まで紀州様御出
  ニ付何の方へ御進物急候付不及時宜候よし被仰
  下候得共松原へ脇へ片寄□(虫損)御時宜申させ候御進
  物先へ遣し御駕通り候而頓而乗セ候
一 和哥山城ニ而着替候品御座敷江持参致度旨申
  候得者何の方役人中より挾箱上させ候併着かへ候品
 
 
  挾箱之蓋へのせ上させ候かよし
一 彦兵衛宅ニ而者両度共挾箱上させ候
一 紀州ニ而中納言殿と御盃事之節肴不挾候達而と
  被 仰候得者見計次第先不挾筈以後家老中之盃
  事之節膳よりハ上座之方縁頰通ニ居盃事致候
  手をつかへ少し時宜致候何の方肴不挾返盃有
一 尾張殿御座舩に者断申進不乗候事
一 山中へ下り之節進物ともハ大坂ゟ舟廻し能候由
一 於道中城主被参候節旅装束
一 紀州ニ而自分太刀披露之時縁頰へ立
一 同所ニ而御料理之節縁頰へ出御盃事之節少膳より
 
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  下座之方ニ居る囲之障子御家老明ル立候得者自分閉
  脇指も御家老取候所へ此方之脇指も取り置御茶
  御手前済被 召上候間被下候様ニと申水指ふた被成
  候時御道具を所望茶入茶拶(ママ「杓」)拝見いたし御家老
  江返す
一 京橋より下乗駕籠脇手廻り徒士之者共召連彦兵衛
  宅迄参り候馬駕道具者惣門勢京橋ニ残し置候へ共
  御料理被下候節者案内有之彦兵衛宅江入申候
      以上