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紀州藩文庫より郷土誌料

郷土誌料

      三熊野詠稿記 三熊野詠稿記[目録]


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<翻 刻>
 
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三熊野詠稿記
 
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    三熊野詠稿記序
維時元禄八乙亥臘月中澣のころ熊野
本宮玉置氏の社家より和哥詠藁の
請ありて短冊を率き侍りけれは頓阿の
不破の関屋のむかしをなつかしくて年ころ
かたり馴しわかの友鶴を松かけの月に
まねき浦のもくつのことの葉をかきあつめて
三川の御山に手向なんとす
抑御熊野三所権現はむかし神武五十八年
戊午十二月晦日摩訶陀国正覚山菩提
樹下の金剛壇よりとひきたり給ひて
 
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二河のあいたに居ますこれを新山といへるとなん
これ御本宮の御事其四所とは證誠殿結宮
早玉若一王子となんいふめる中にも本宮證誠
大菩薩は国常立尊となん傳へ侍るまた或
説に天照大神豊受宮とくまの権現とハ
同躰のよし傳へ侍る又は面足尊ともいふなん
めり早玉宮是を中の御前といひ伊弉諾
尊結宮是を西の御前なりといへりとなん
伊弉冊尊彼尊を日神月神蛭子素盞烏
尊をうみ給ひて後火神をうみ給ふとて紀の
くに有間村産田の宮にして霊去たまふかの
 
彼御霊ハ大般涅槃の花窟に在す産田の宮の祭禮
の時彼窟に御七五三を下し花を手向となん若女王子と
は天照皇大神又飛瀧権現ハ難陀龍王の應化と
傳へはへる説ありされハ本宮新宮那智此三山に天照
飛瀧の二所を加え奉りて五所と言成へし先聖是を釈
して本覚真如の寂光土なるかゆへに本宮といひ
新成妙覚の同居土なるか故に新宮と名と言める
那智の山昔は難地と号すと後に改て那智といひ
しとなん三山の邪魔を蕩して正法に帰せしむ
那者魔の義智ハ蕩の義といへり又日本紀神代
巻古事記旧事記等の説によるは熊野権現異
域の神とも見らすとなん諸道の博士勘篇まち/\
にして一偏に更しかたし神代堂に言伊弉諾伊弉冊尊
 
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盟之の所唾之神を号曰速玉之男次ニ掃之神を号
泉津事解之男凡て二神矣神名帳白(ママ)紀伊国牟
婁郡熊野早玉神社今案するに速玉之男事解
之男伊弉冊尊是熊野三所権現也崇神天皇六(十五)年
始建熊野本宮景行天皇五十八年建熊野新宮旦又
三所権現の本地のむかしをとへは本宮證誠殿は本地阿弥
陀両所権現は薬師観音也と傳ニ曰伊弉諾伊弉冊尊
也と若一王子は施無畏大士是を日本第一大異驗熊野
三所権現といへり又飛瀧大薩埵ハ本地千手観音と
傳へはへる代々の帝三熊野御幸とて今の世まてに
聞つたへ侍る言の葉の散らせもせす中にも白河院熊
野御幸なり給ひし時路傍の花の盛なるをみて
 
なはし給ひて 左伎尓保布波那能氣志紀乎
美婁加羅尼軻弥乃許々盧曽贈羅尼志羅
留々其外御幸なりしは平城花山堀川鳥羽の
法皇御手向のことのはを傳へ進らせ侍りぬそれより
せちつかた世の人々も連綿とあゆみをはこひ花鳥の
色音によせて言の葉を綴りて代を祈り岩田川
の清きなかれにこゝろの塵をすゝきみくまのゝ
濱松之枝に八千代の壽きをなす大和宇多は
人のこゝろをたねとして萬の言の葉となれりける
といふめる万葉集のいにしへをしたひ古今後撰遊(拾)遺
のむかし最なつかし中にも古今集は醍醐天皇の
御宇延喜五年四月十八日大内記きのとものり
御書所のあつかり紀貫之前甲斐さうくハん凡河内
 
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みつね右衛門の府生壬生の忠峯らに撰はしめ
給ひけるとなんまことにくもを出ろの月の光り
波ハ島の外をてらす御恵の餘りにかゝ萬のことのは
をみそなはし給ひて花の朝月の夜ことにさふらふ
人々もまた鶴龜につけて君をおもひ人をいはひ
秋はき夏草を見てつまをこひ逢坂山にいたりて
たむけをいのり此みことのりのひろき御恵は筑波山
の麓よりもしけく山下水のたえすなく末の世に
つたハれらん事をおもひいひせきしことのはは濱
の真砂の数おほかる野辺の艸木より志けく夫より
後拾遺金葉詞花千載集新古今の代々の
御帝もかた糸のより/\に絶すそみそなハし
 
給ひぬかのおほん世をすくして新勅撰續後撰
續古今續拾遺新後撰集玉葉續千載續後
拾遺新續古今集とうの代々の御みことのり
は高砂住の江の枩のよろつのことの葉に
たくへまた今のおほん代々は神の八千代も
見る人きくひとくれ竹のうきふしをわすれ
飛鳥川の渕瀬にかはる恨みもなくたけき
ものゝふの心をもなくさめ男おうなの中をも
やはらけちからをもいれすして天地を動し
尊き御神のみこゝろをすゝしめたてまつる
もうたなりされは古今の序に夫和哥者詫其
根於心地發其花於詞林者也といへりしかれ
ともうたのさま得たるひと得ぬ人野へに
 
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生るかつらのことくはひひろこりはやに
しけき木のはのことくにおほかれとうたも
のみおもひてまことすくなしとなんこれに
よりて四門其ちまたひろく六くさのうたその
しけみふかし然はあれと今三くまのゝ浦の
はまゆふかけまくも最たうとく覚し侍りて
よしなき言のはをたてまつる嗚呼懺愧/\
その泥を沐浴もせす神へつみゆるしてんよ
 
  三熊野詠稿記
    垂跡のむかしの御尊詠とて玉葉集の
    神祇に見ゆ宝の郡の御哥を思ひ
    て御本宮へ奉る
きのくにや牟婁のこほりに跡たれて
 さかへひさしきミつの神かき
わかのうらにまよひははてし三くまのゝ
 かみのめくみのしるき世なれは
世をてらすもとのひかりのあきらけき
 神卜のちかひをたのむよろつ代
 
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今さくに御幸のかけもさす月の
 ひかりさやけき神のミつかき
世をてらす月のひかりはミつの山
 もとの宮居のかけもくもらし
    是よりくまの川音無里瀧音なし
    川をよめる
    續古今恋の部に為家音なしのたき
    しほるそてと詠せしむかしを思ひ
    てなミたに寄るこひといふこゝろを
    よめる
をとなしのたき川こゝろを人とはゝ
 しのふなみたの袖とこたへむ
 
    またたきに寄る恋といふこゝろを
    よめる
神かけてちきりし人も音なしの
 たき川こゝろのかはる世なれや
    又おなし心をよめる
おとなしの瀧川なみたを幾世とか
 袖のしからみせきもとめはや
    右二うたは續拾遺新千載の恋の
    部によりてよめる
    能因法師のむかしつらねし新拾遺
    の雜の部によりて
 
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    熊野川
くまの川はや瀬のなみのはやくより
 幾八千代経んかみのミつかき
くまの川見なれぬ波のはないかた
 くたすはやせのミつの随意/\
    音無里をよめる
おとなしのさとをたつねはうき事を
 しはしわするゝ時やあらなん
    春も中遠き成音なしの
    さとの端山に咲つゝく花を
 
    見てよめる
音なしのさとより遠に咲つゝく
 こすゑのはなをミくまのゝやま
    瀧に寄る恋といふ心をよめと人
    のいひけれはよめる
こゑたてゝ音をのみなかん音なしの
 たき川こゝろのやるせなけれは
    音なし川の岸の夘の花
    を源盛清の詠せし金葉集の
    言葉によりて
 
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いはまゆくなみや出るらん三くまのゝ
 おとなし川のきしの夘の花
    むかし顕昭かつらねし六帖の言葉
    によりて音なしの山の時鳥をよ
    める
今さらにひとは聞かな音なしの
 やまほとときす月になく音を
    續拾遺に藤原の忠資音なし川の
    五月雨をよめること葉によりて
    よめる
さみたれのころはいはまのなみこへて
 音なし川も名のみしけり
    音なしのたきをよめる
くものうへをかくれは浪のをち瀧川
 たれをとなしとなつけそめけん
    また音なしの川に寄て恨恋と
    いふこゝろをよめる
わくらはにとふへき人もおとなしの
 かはせのなみのよるへなき身を
    又くまの河によせて同し心を
くまの川ふかきうらみはいまさらに
 おもひやるせもなみのよるへも
    音なしの里に擣衣を聞てよめる
 
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小夜ふけてころもうつ也三熊のゝ
 おとなしのさとしのひ/\に
    むかし皇のさかしき峯をわけ音なし
    川を見そなハしたまひつるとの御
    ことのはの夫木集に入ぬるを見まい
    らせてよめる
三くまのゝ八重のかすみをわけ過て
 くもに流るゝをとなしの川
    むかし大宮院のなかめ給いし夫木の
    言の葉を思ひ蛍に寄る恋といふ心を
                 よめる
いかにせんしのふなみたは音なしの
 たまのほたるのもゆるおもひを
    是より新宮の神垣并花窟其
    外浦半のところ/\をよめる新宮御
    本社早玉男むかし中原師光朝臣の
    ちかきかたそきと詠せしことはを見侍
    りてよみたてまつる
幾八千代ひとのねかひをミつしほの
 うらはにちかき神のミつかき
なみよするみなみの海のはまひさき
 久しくたてれかみのミつかき
ミくまのゝはまのみなみは山もなし
 なみよりいてゝ浪に入月
梛の葉のときはに神は守れたゝ
 わか身の千代も人の八千代も
 
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    新勅撰にみえし七条院大納言の
    詠のこと葉によりて
三くまのゝうらはのまつの千代かけて
 神のみかきのなみのしらゆふ
手向くさまつのよろつの言の葉を
 かけてそいのる神のゆふして
    玉吟に家隆の詠められし浦の
    たまもことの葉をとりて
ひかりまつ浦の玉もをミくまのゝ
 かけまくきよき神のめくミに
    三熊野詣の御ともに参りてうた
    つかふまつりし中に新宮海邊残
    月拾遺懸屮の定家卿のこと葉に
    よりて
あまの戸の明れはくるゝわたつ海や
 くもゝひとつにすめる月かけ
    同しく拾遺に入定家卿の庭上
    冬氣といへる題のことはを取て
はまひさし南のうみの冬かけて
 秋のしらきく猶のこるらん
    是より華窟有間村をよめる
    花窟には古詠なけれとも
    ことの葉をたてまつる
 
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言のはのなくてもいます神はなを
 はなのいはやにいく春を経て
    むかし天乙女の羽衣を織て手向し
    をきゝつたへ侍りて
あまつおとめはなのいはやに袖ふれて
 こゝろの茎もうちやはらハむ
    つきに有間村をよめる
さくはなのしらゆふかけて有間村
 神まつりするときヤきぬらん
ふきつゝもわきて木のはや残るらむ
 こころありまのうらのあきかせ
    是は増基法師か詠せし廬主の
    ことはによれるなり
    又是より楯崎をよめる増基法師の
    垣のたゝかふ楯か崎といひし廬主の
    ことはによりて
夕しほのなみにたゝかふ楯か崎
 おきつあらしのふくにまかせて
    あはちしま鋒のしたゝりを結ひて
    楯かさきをよめるふるきなかめは
    あらねとほこ楯のことの葉の
    縁によりて
 
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あはちしま鋒のしたゝり流来て
 楯かさきとそいふにやあるらん
    是よりまた新宮那智の間の所々
    をよめる佐野の岡山玉葉集の旅の
    部また万葉にみえたる赤人の言
    葉によりて佐のゝ岡の秋をよめる
吹からにあき風さむきさのゝおか
 こゆらん人にころもかさはや
    光明峯寺入道前摂政大政大臣の
    なかめ給ひし續古今新拾遺の雪
    のことはによりて
たひころもさのゝおか辺の雪に来て
 こゆるあさけのそてのさむけさ
    新拾遺の旅に正三位知家の笹葉刈
    しくと詠せられしを思ひて
くれて来しさのゝおか辺のあきの夜は
 かりしくさゝのつゆのやとりに
    むかし花山院詠し給ひしさのゝ
    岡の秋風をよめる
さのゝおかさゝのはさやくあきかせに
 獨利詠なんたひをしそおもふ
    後鳥羽院のむかしの御詠に夜
 
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    ふかく出しさのゝ月かけとの御言のは
    をおもひまいらせて
さのゝおか夜ふかく月にいてゆけは
 まつの葉こしになみやかくらん
    建仁のころ後鳥羽院熊野御幸
    の御供のとき路のほとりの哥
    の中に羇中霰を詠せれし
    拾遺懸屮の定家の御詠を取て
てりくもるさのゝおか辺の月かけに
 小篠のあられふりミふらすミ
    むかし隆輔のこと葉にこまなつむ
    さのゝあさけ降る白ゆきと詠めし
    をおもひて
さのゝ岡をちのまつはらふりつゝく
 あさけのゆきにこまなつむなり
    是より秋津浦をよむ名哥に
    恵重法師の詠あり此哥を諸本
    には秋津のゝ所にあせりしれとも
    秋つのには浦邊なしこの所
    なるへし
いそちかく藻刈の小舟さほさして
 あきつのうらにミるめともなふ
    是より三輪崎をよめる先哲の
    了簡にこの名所紀伊国にいてす
 
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    されとも哥のさまにより此ところに
    判せりとなん今月に結の千鳥を
    よめる
三輪の崎さのゝわたりのふゆの夜は
 しほ路の月に千とりなくなり
    また萬葉のこと葉によりて
    三輪かさきをよめる
ミわさきのいそへはなみにうちかくれ
 たつね行つきミちしなけれは
    先哲いへらく三輪崎さのゝ渡りは
    大和の名所に入また松葉集に
    仙覚抄を引て三輪か崎さのゝ舟
    はしとよめる哥とも近江に入たり
    右の両説を以うたのこゝろを考るに
    大和は海なきところなれは夕しほ
    させはとするに相違せり東路の
    さのゝ舟橋なとは勿論の事也されハ
    此哥にとりてハ紀伊国のさの三輪崎
    尤相かなひたるにや
    鳴那濱   ふるきなかめのこゝろをとり
          千鳥をむすひてよめる
なくさまて獨り鳴那のはまちとり
 八重のしほちになみの夜る/\
 
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    哭澤森 渚枩
    井蛙鈔には笑沢森渚枩ともに
    紀伊国とあり若同所歟と先哲是を
    評す又藻塩屮のせつによらは渚の
    宮は那知の濱の宮なるへし笑沢の森
    覚束なしと云々今更に萬葉を見
    侍るに人丸の詠あり是によりて
笑沢のもりのむかしのことの葉に
 たゝへていまもきミをいのらん
    つきに渚の枩をよめる
幾千とせかはらぬいろをミくまのゝ
 なきさのまつのなミはかくとも
    また續古今のむ笠の詠に渚のまつの
    時まにそめしといふめる言葉によつて
いく千入しくれに染てみくまのゝ
 なきさのまつのいろにみゆらん
    つきに名寄のこと葉によりて渚宮を
                  よめる
はふりせし沖の鈴鴨おとそへて
 なきさのミやのかミのすゝしめ
    夫木集の中に舜念か詠めとて
    三熊野の女郎花をよめりけれはその
    ことによりて
みくまのゝうらはにたてるおみなへし
 
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 くねるこゝろはあらしとそおもふ
    是より那智をよめる山瀧高根三重瀧
    本社事解男尊また結宮と号すと
    なん神垣に瀧をむすひてよめる
千はやふるなちの御山のかミかきに
 引しめなわかたきのしら糸
    又三重瀧を詠ミ侍るに最たうとく
    三業の塵も清まる心地してけれは
    續古今神祇に或乾門院の詠め
    給ひしことはによりて
三重の瀧のしらいとむすふ身は
 こゝろの荘もあらしとそおもふ
    前大僧正道瑜年経て瀧籠りし
    たまひし古きことはによりて
たちかへりみなみのやまのたきつせに
 としふるかひのなとかなからん
    同しく道瑜大僧正瀧籠せし庵室の
    はしらに書をくれしことはを聞傳へ
    侍りて
おもひきや柴のとひらのあけくれに
 うき世のほかの月をみんとは
    おなしく社頭のはなを見てよめる
神かきのはなはさかりに成にけり
 くもの八重たつミくまのゝやま
 
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神かきの春はたくひもなちの山
 たかねの雲をはなに見なして
    おなしく瀧をよめる
那智のやまたかねのあらしふきむすふ
 くもかとそおもふたきのしら糸
    月照瀧水
なみにうつる月のひかりを玉と見て
 つらぬきとめよたきのしらいと
    むかし花山院なち籠りし給ひし年経て
    桜の木の下に住給ひて詠め給ふいゝ?
    はしるたきのなみを花の白くもと見給
    ひし其あとをしたひて頓阿西行の
    またのなかめを今さらにおもひ取て
白くものはなにまかへる那智のやま
 たかねにおつるたきのしら糸
いまもなをかはるこゝろはなちのやま
 むかしのはなのあとをたつねて
    むかし皇のなちの御山のまつかけの
    月を詠め給ひし夫木の言葉に
    よりて
よにたくひなちのミやまにすむ月の
 ひかりもすゝしみねのまつかせ
    定家卿のなちのやまかけを詠られし
    むかしのことをおもひ懸屮の中に
    いれるをとりて
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雲かゝるこのもかのものくらき夜に
 みそれはけしきなちのやまかけ
    家隆の瀧のなかめに槙のやのあられと
    なんいへるむかしを思ひてよめる
那智のやまたきのしら糸風ふけは
 まきのいた屋にあられたはしる
    むかし郎寒の言葉のあとをしたひ瀧に
    よする恋といふこゝろをよめる
なちのやまたかねのくもにまかへとや
 なミたのそてのたきのしらいと
    那智のはまをよめる俊成のむかしを
    したひて夫木
なちのはま過てミなみの海はらや
 くものはてしも見ゆる計に
    公明のむかし瀧の流を聞ハ枩ふく風の
    あらしもなくなんめりと言しことを思ひ
こすゑふくまつのあらしもなちのやま
 たかねにおつるたきのひゝきに
    艸菴集に頓阿の三年経し瀧の白
    いとゝなかめし言によりて
年をへしたきのしら糸なからへは
 なをたきのをにかけていのらん
    三くまのゝはまゆふくれとなかめられ
    し懸鎮の拾玉のむかしの言葉を
    おもひて
 
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三くまのゝはま夕くれにふく風の
 おともたへせぬたきのしらなみ
    光明峯寺のむかしの詠を傳きゝ
    はへりて
あめとふり雲となひきてなちのやま
 たかねにおつるたきのしら糸
    法印郎守の瀧津瀬に三年ぬれし
    苔のころもといへるむかしを思ひ
たきこもり三とせふりにしいはかねに
 こけのころものそてぬらすらん
    鳴瀧 山城の国に同名あり今ハ那智山の
       西色川といへる里の東にあり
       或人熊野に年経ていのりける印も
       なけれはと神慮を怙ミたてまつる
       ころ夢中に示し給ふ御言のあと
       を聞傳はへりて
いのりぬる本とははるかになるたきの
 なかれのすゑを神やまもらん
    是より浦のはまゆふと言事そのほか
    三熊野路の名ところをよめる浦のはま
    ゆふといへる事異説まか/\し仙覚抄
    又萬葉袖中集童蒙抄何も難更
    しかれとも紀伊の三くまのとよめる心なる
    へし伊勢の国ともいへとかれに三くまの
    と言ところなし三熊野ゝ神に手向
 
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    とてよめる
千はや振かみやしるらん三くまのゝ
 うらのはまゆふかけていのらん
    また皇の御幸のふりにしあとを思ひ
    まいらせてよめる
みくまのゝうらのはまゆふ千世をへて
 月に御幸の
    濱ゆふによせて恨恋といふこゝろを思へ
    は人丸のむかしのなかめ拾遺の恋の
    部に見したるをとりてよめる
おもへともいつ三くまのゝはまゆふの
 千重もゝえなるうらみのミして
    頼む恋と言こゝろをよめる
三くまのゝうらのはまゆふ幾重にも
 ひとのこゝろをさしてたのまん
    道命法師のむかしの詠めをとりて
    おもふ恋といふ心をよめる
みくまのゝうらのはまゆふ神かけて
 わするゝひまもあらしと思へは
    またうらのかすみにはまゆふを
    むすふ
いくかへりかすみ来ぬらしミくまのゝ
 うらのはまゆふはるはかさねて
    おなしく恨恋を
 
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わすらるゝひとのこゝろをみくまのゝ
 うらのはまゆふいく重うらみむ
    藤原の季宗の朝臣むかし詠めし
    續後撰の言葉によりて
ゆきつもるうらのはまゆふふりにけり
 いくよへぬらんみくまのゝ神
    従三位範宗古きなかめ續後撰の恋
    部のこと葉によりて
みくまのゝうらのはまゆふうらみつゝ
 なみたのそてをいくよかさねん
    洞院摂政左大臣の新續古今の恋の
    部のことはをとりて
おもへともつらきこゝろをみくまのゝ
 うらのはまゆふうらみわひぬる
    またおなし心を兼輔の家集の言葉
    によりて
ミくまのゝはまゆふされはふくかせの
 そてさへうらむつらきこゝろを
    西行法師か三熊野のうら吹風を詠めし
    山家集の言葉によりて
みくまのゝはまゆふくれをなかむれは
 うらさひしくもまつかせそふく
    兼鎮のむかしはまゆふくれの拾玉の
    なかめによりて
とことはにさむけき月をみくまのゝ
 
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 うらのはまゆふいくあきを経ん
    波によするこひと言心をよめと人の
    言けれはよめる
幾代々もちきりかさねんみくまのゝ
 はまゆふくれのなみのよるへに
    むかし濱夕かけて祈り給へる神垣に
    ことのはを手向とてよめる
ミくまのゝはまゆふかけてよろつ代を
 いのるこゝろをつきせさるらん
    定ひらのふるきなかめにつゝきかさな
    るといひし建保のことはによりて
いかにせんつらきこゝろをみくまのゝ
 うらのはまゆふうらみかさねて
    兵衞内侍のむかしなかめし濱夕くれの
    うらみを思ひて
かくしつゝとはぬなけきをみくまのゝ
 はま夕くれのひとやうらみん
    或人榊葉によせて三熊野の神を
    よめといひけれはよめる
榊はに浦のはまゆふかけしより
 かつミくまのヽかみのめくみを
    なミたによする恋といへる事を
    よめと人の言けれは行家のむかし
    建保の言葉によりて
うきなみのそれさへあるをミくまのゝ
 はまゆふなみのかゝるたもとは
    定家卿のいにしへのなかめにより
 
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    衣に寄る恋と言事をよめる拾遺懸屮
    のことはをとりて
ミくまのゝうらのはまゆふなけきそふ
 夜まのころものそてのなミたは
    家隆の白妙の袖の別れと詠せし
    玉吟の言によりて
しろたへのそてのわかれをみくまのゝ
 うらのはまゆふうらみかさねん
    俊頼のはま夕くれを詠められし
    こゝろをとりて恨の恋と言事を
みくまのゝはま夕くれをこひわひて
 幾重かひとをうらみはてなん
    夫木集に雅経のむかし身につもる
    老といへる事をとりて
かそふれはわか身のうへにみくまのゝ
 うらのはまゆふとしをかさねて
    むかし西行法師かすみ散くまのか原
    となかめし言葉によりて
見わたせは八重のしほちもうちかすみ
 くまのかはらのなみのしつけさ
    浦霞
ミくまのゝうらのはまゆふいく重とも
 しらぬ波路にかすみたなひく
    玉浦 離小島
     不見恋と言こゝろを万葉の言に
 
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    よせてよめる
玉のうらのはなれ小しまハ夢にしも
 みゆれとさらに見えぬおもかけ
    またおなしこゝろを万葉の言葉に
    よりてよめる
たまのうらに衣かたしくこよひもや
 こふるいもにはあはてしもねん
    千五百はん哥合に公継のなかめし
    ことはをとりて
あらいそのなみにひかりやくたくらん
 たまのうらはのあきの夜の月
    また同しき浦忠度のむかし詠め
    られし月かけきよしといひし玉
    計の言葉によりて千鳥をむすひ
    よめる
玉のうらのはなれ小しまに小夜ふけて
 なみまのちとり月になくなり
    千五百番にむ笠のはなれ小島の
    田靏をよみしを思ひて
ゆふなみのかゝるなかめはたまのうらの
 はなれ小しまにたつなきわたる
    おなしうら為家のむかしのなかめに
    よりて月をよめる
たまのうらのおきつなみまに雲はれて
 
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 しほちの月のかけそさやけき
     塩崎浦
    西行法師網のうけ縄となかめし
    むかしをおもひて
ひくあみのつなてをたのみとし経つゝ
 かくうきわさをしほさきのうら
    新拾遺恋部に入し藻壁門院の但馬
    かをさかる蜑の小ふねとなかめし
    ことによりて
三くまのゝうらみは尽しあまをふね
 われをは沖津なみにへたてゝ
    詞花集の恋部に見えつる和泉式部か
    ことはによりて
幾かへりつれなきひとをミくまのゝ
 うらミてのミそ世を過しぬる
    新古今の恋の部に浦漕舩我を隔ると
    なかめし伊勢の言葉によりて
三くまのゝうら漕舟そとをさかる
 われをはなみのよそにへたてゝ
    堀川百首に河内かなかめしことのはの
    うらみをとりて
みくまのゝうらのもにすむわれかうと
 ものおもふそこのうらみのミして
    夫木集に行意か詠めしいにしへを
 
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    おもひ神にいのる心をよめる
おもへなを袖のなミたのたまのをの
 なかくも神にいのるこゝろを
    またおなしこゝろをよめる
神かきのそれにはあらぬ四手のやま
 こへしとたにもいのるこゝろを
    またおなしこゝろをよめる
あしまこくをふねならねはいのりぬる
 こゝろのさハりあしとそおもふ
    建保にみしつる順徳院の浦よりたつ
    雰となかめ給ひし御言葉に寄て
山ふかミたつあきゝりをミくまのゝ
 うらむこゝろの猶やへたてん
    またみくまのゝ梛と言事を人の
    よめといゝけれは神垣にむすひ
    てよめる
幾八千代かはらぬいろをみくまのゝ
 梛の常盤にいはふかミかき
    御熊野の山をよめる
わけのほるミちはたかねのくもにふく
 あしくにやとるみくまのゝやま
    神垣の月をよめるむかし後白川院
    なれて久しきみくまのゝ月と詠し
    給ひけれは御返しの御尊詠ありと
    なん玉葉の神祇の部にみえたる
 
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    おもひたてまつりて
しは/\もこゝろくもらてみくまのゝ
 月は宮古をなをてらすなり
    社頭の梛をよめる
千はやふるかミの八千代もきミか代も
 なきのときはのいろはかはらし
梛のはのときはかき葉にミくまのゝ
 神は八千代のすゑまもるなり
    行路の千草によせて神をいのる
    こゝろをよめる
三くまのやミちのくさはの露わけて
 いのるもきミかよろつ代のため
    御正躰をよめる
ますかゝみかけつゝ神をいのるかな
 くもらぬ御代のきミかや千代を
    神倉山 新宮権現山の南につゝく山也上に
        地蔵堂あり
幾あきのもミちをぬさとみくまのゝ
 神倉やまの神のまに/\
    御舩島 新宮山のおもて小川の中にあり
        毎年九月十六日祭礼のとき
        神輿を舟にのせ奉りて御舩島めくる
        となん
千はやふる神の御幸のミふねしま
 なをいくあきをこきめくるらん
 
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    建保に俊成女の吹たに通へ八重のしほ風と
    なかめしむかしをおもひて
三くまのゝうらはのなみはへたつとも
 ふきたにかよへ沖つしほかせ
    おなしく建保に忠定のむかし詠し言に
    よりて
いまさらにつらきこゝろをみくまのゝ
 いろへのしほのさし隔つらん
    むかし康光の浦のかひある名とハとゝめよ
    となかめし建保の言葉によりて
わすらるゝ身はともあらめミくまのゝ
 うらみにのこる名こそおしけれ
    行路花と言事をよめる
山ふかみきしねのはなは川ミつに
 そめてる人のいろや見すらん
    是は熊野川の岸の花をよめる也
    社頭の枩風を聞てよめる
夜神楽やこゝろもすみてふえ竹の
 しらへにかよふ軒のまつかせ
    羇旅霞と言事をよめる
はるたちてけふなかそらにミくまのゝ
 かすみをわけしたひころもかな
    行路霧をよめる
こけころもいはねつゆけき朝またき
 
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 なをわけかぬるヤまのあきゝり
    發心門 室の郡里の名發心門といへる王子あり
        いにしへの門のあともこれあるなり
        千載集の神祇に権中納言経房の詠め
        ありまた建仁元年十月御幸のとき定
        家卿の詠めありけれは其ことはによりて
        つらね侍りぬ
神かけてむつのみちにはかへらしな
 こゝろを發す門にいる身は
今さらにこゝろをおこす門にきく
 ほとけののりも神のちかひも
    榊とりますミの鏡かけよりといへる
    むかしの言葉によりて
神かきにひかりますミのかゝミこそ
 御代をまもりのしるし也けれ
    七越岑 本宮権現山の中にあり俗に七頭の
        峯といふとなんむかし西行法師
        熊野詣せしとき七越の月をよめる
        山家集の言によりて
たちのほるくもをあらしの吹はれて
 月こそさゆれ七越の峯
    真熊野湯本宮の西に温泉あり湯の
    みねといへり堀川百首の中に俊頼の
    詠められし三くまのゝゆこりのまろと
    いへる言葉ありされとも哥のさま所に
    不相似と先哲の勘弁也いま真熊野と
    言こゝろをよめる曽て聞し此山の
    あるしにはなとの/\言葉もあり
    となんいふらめと本の宮居に近き所
    なれはかく詠侍りぬ
 
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神垣のこゝ真くまのとおもへとや
 こすゑのはなのいろにいて【つ】らん
    雲鳥 志古山 木口川
     むかし西行法師このミつの難所を
     よめることによりて旅の心をよめる
雲鳥のはやまをこへて志古のやま
 木口の川にたとり来にけり
    みもと 此ところニてむかし皇の仏のミもと
     となかめ給ひしをよめる
おもひきや有漏より無偽に悟りいり
 ほとけのミもとたつねミんとは
    高原 若し後鳥羽院くまの御幸瀧尻の王子
       にて和哥の御会に峯月照と言題にて
    因幡守返方の詠のことはによりて
たかはらや峰にすむてふ月かけの
 やちよのあきをなをてらすらん
    石不利川 夫木の忠盛の言葉によりて
三くまのゝいしふり川のいとはやも
 ねかひをミつの神のミつかき
みくまのゝかミの随意/\なかれてや
 いしふり川のきよき水そこ
    岩田川 新千載の神祇に権僧正
        良瑜のことはによりて
いはた川いはぬこゝろをくみてしる
 神のちかひにまかせぬる身は
    また名寄の中に見えたる岩田川落合て
    百瀬といふめることはによりて
 
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岩田川百瀬にかはるひとの世を
 まもるや神のふかきちかひに
    行路に咲つゝく頻冬のはなを見て
    よめる
たひゝとのミちのゆく手にミくまのゝ
 きしのやまふき折ものこさし
    むかし西行法師三栖の山八上王子の
    やしろに書付てる山家集の哥ニよりて
むかし見し八上のさくらさきしより
 おろすをいとふミすのやまかせ
    くまのちにほとゝきすをきゝて
    よめる
梛のはのとはにはきかしほとゝきす
 かみのミかきのよはのひとこゑ
    くまのゝ烏をよめる
寒る夜のしものこすゑに月落て
 からすなくなるミくまのゝやま
    むかし三熊野々御神月のさはりと何か
    くるしきと和泉式部に示し給ひし
    となん風雅集の神祇にみえたれは
    その御ことはによりて
すむ月のもとのひかりはミつのやま
 いつゝのくものさはりなき代に
 
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    手向くすとてなには江のよしあしをも
    わきまへすあらきなきすたひニて甲斐なき
    ことの葉を綴り侍りぬ神慮の御恩も
    いかゝとおもひまた世の人の見るへき事に
    しもあらす
今さらにひとには見せしたむけ草
 われみくまのゝうらのはまゆふ
 
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