五條市教育委員会/中家文書調査報告書

中家文書調査報告書

第三章 解説

第八節 その他

第五項 書状

 〔箱4-16〕は、天誅組によって殺害された代官鈴木源内の養子からの書状である。書状中において「養父源内一周忌、去ル八月十七日相當ニ付」との文言からそれは明らかである。この書状の年次も元治元年(一八六四)であることも判明する。書状では二つの点を中屋源兵衛に申し述べている。一つは「本年之法事執行桜井寺へ私遣候処、此已前其元御取斗ヲ以御回向被下候趣、桜井寺方丈ヨリ申越」とあるように、中屋源兵衛が父鈴木源内の一周忌の法事を桜井寺で営んでくれたことに対する謝礼である。もう一点は、源内の養子鈴木鋠次郎が将軍直属部隊である小十人組に配属が決まり、しかも将軍のお供をしてまもなく大坂へ進発するということの通知である。「小子義、今般不斗小十人江御番入殊更直ニ御進発御供被 仰付、一入難有大悦不斜」「近々御供ニて坂地江罷越候」と書かれている。
 天誅組に加わった医師井沢宜庵が牢死した後に、庄屋源兵衛は宜庵の葬式の取り計らいを願い出ている(『五條市史』)。陣屋元村の庄屋中屋源兵衛は、いわば敵同士の討たれた鈴木源内と討った側の井沢宜庵の両者を手厚く葬る営みに携わろうとしたことになろうか。〔箱4-18〕は、禁門の変後の朝敵長州藩を非難し「潜伏落人」を見付け次第連絡方を公儀が命じたメモである。用達や庄屋の中屋源兵衛は非常に難しい立場にあったろう。