五條市教育委員会/中家文書調査報告書

中家文書調査報告書

第三章 解説

第七節 御用留から窺える地域社会

 〔箱1-51〕の弘化二年(一八四五)四月一二日の項に鮎漁について興味深い事象が記されている。吉野郡新住村外六ヶ村は、毎年仙洞御所へ鮎鮓を献上してきた。献上が終わるまでは「川をせき網を張」る漁によって、鮎が上流へ上ることを妨げることは禁止されてきた。近年になって鮎が少なくなってきたが、「近年生キ鮎之鼻江糸を通し小竿を以早瀬抔江投込、釣上ヶ候儀をおとり釣」と称して面白がっている。吉野川両岸や近在の村々の者は農業を捨て置いて「当座之利潤を以おとり釣」を行っているが、それは禁止すべきである。「商向ハ当座之利潤候町人」の営みであるが、農家は農業に専念すべきであって「若もの共よからぬ道」へ走ることにも繋がり兼ねないと代官所が注意を喚起している。「仙洞御所へ鮎鮓を献上」を権威の盾として利用(特権の主張)していること、いわば農本主義的に農家の維持を重視していること、「当座の利潤」を求めることは「若もの共よからぬ道」であることなど代官行政の理念がうかがえよう。仙洞御所への鮎鮓の献上が当時行われていたことや、「川をせき網を張」・「おとり釣」などの漁法が知られる。