五條市教育委員会/中家文書調査報告書

中家文書調査報告書

第三章 解説

第六節 吉野材木方口役銀と代官所

 これら口役銀関連文書は文化一三年(一八一六)以降の文書であったが、例えば〔118〕(以下、箱3は省略する)は文化一三子年(一八一六)の文書であっても「去亥年口役方壱分七厘分」が含まれる場合もある。亥年分、つまり文化一二年(一八一五)の始まって間もない改革仕法の口役銀関連が記録された文書も結構存在する。言い換えれば、辻甚太郎の代官任期中に開始された改革仕法における五條代官所・掛屋・口銀改役所・各郷村々・口役人足賃などの状況を示す良質の史料群といってよいだろう。以下、これらいくつかの点について考察しておく。
 前記の二六〇点余の口役銀関係文書中には、簾村改所・下市改所・飯貝改所・奥谷村改所・瀧村改所・江出村改所の計六ヶ所の口役改役所名が出てくるが、ここで口役銀徴収関連の実務に当たったのであろう。出張する代官所役人が改所に勤める口役方や村々の人足に指示し、一方掛屋はその額に応じた各郷や村の一歩七厘銀を五條代官所の指図に従って交付する手続きなど公金部門を取り扱ったようだ。この六ヶ所の改役所の敷地年貢や普請入用、修復入用が計上されている。あるいは口役方御手当銀を得ている人物として坂本村藤左衛門・瀧村文右衛門・城戸村新兵衛・江出村平右衛門・奥谷村勇次郎・牧野周平・牧野利助らの名が出てくる。また別途に川上・黒滝両郷にはそれぞれ「惣代御手当五百目」が、子年~巳年の期間、一二月初旬に支払われている。これは既述の口役惣代の経費としての銀一貫目下付に該当する品目の等分額である。外には、川上郷大滝村に「滝堰入用」、白川渡村に「橋懸入用」も挙げられている。なお、『東吉野村史』には「下市役所絵図」が掲載されている。