五條市教育委員会/中家文書調査報告書

中家文書調査報告書

第三章 解説

第五節 五條代官所

第一項 代官所

 明治維新政権が誕生するにともない、旧代官所役人がどのように行動したかが明らかにされることは必要な事であろう。〔箱1-27〕「御用向諸控并綴込共」中の明治二年(一八六九)一一月一八日付文書に、牢屋の御普請積り書上帳の提出に関わっての奈良県の掛かり役人に平馬弥太郎の名が現れる。平馬弥太郎と言えば、五條の最後の代官中村勘兵衛の元手代の一人である。他家の明治二年(一八六九)の文書においても、平馬弥太郎ら元五條代官所役人が新政府役人として勤務している傍証を得られる(北山家文書「御用人足帳」明治二年)。また、鷲尾侍従新政府軍に代官所を委譲した後も中村勘兵衛元代官自らが五條に残り、事務引き継ぎを行っていることもはっきりしている。
 〔箱4-2〕の書状の差出人の名は専右衛門であるが、中村勘兵衛の部下の元手附新井専右衛門を指しているのではないかと思われる。慶応四年(一八六八)二月五日から四月二七日の間、旧幕領を預かっていた高取・芝村藩が引き取り、「拾壱万石者五條支配(中略)益五條之勢盛ニ相成」「何ニ者扨置(中略)大悦罷在候」などとあって、地域社会の新政府への移管や旧代官所役人の動向とおぼしき様子、或いは大きく変貌する地域社会へのまなざし・心境の片鱗が窺える興味深い書状である。代官所の役人らと用達を務める中屋源兵衛との懇意な交際も垣間見える。