五條市教育委員会/中家文書調査報告書

中家文書調査報告書

第三章 解説

第五節 五條代官所

第一項 代官所

 天誅組の変で焼失した旧代官所に代わって、新しく赴任してきた中村勘兵衛が新代官所を建設することになった。結果的には元治元年(一八六四)八月には二見村の「敷地ニ相成」って普請が始まっているが、五月頃においては、まだ二見村の「字小女」に普請をするとの噂があるが、二見村は要害堅固な「古城跡」の方が船運も便利であるとして「字小女」の場所には反対している(馬場家文書)。〔箱4-1〕の吉野郡老野村惣代甚五郎の廻章は、五月一一日付で「一寸御噂申候通り、二見村古城跡江御陣屋御取上ニ相成候而ハ邊土ニ而不便理、同村之内ニ至而都合宜敷場所、外ニ有之」などの文言を認めて村々へ廻らそうとした文書である。代官所の再設置をめぐっては、当時様々な動きがあったが、その一例を加えることになった。