五條市教育委員会/中家文書調査報告書

中家文書調査報告書

第三章 解説

第四節 五條商人

 例えば天明九年(一七八九)一〇月、大坂谷町代官所は五條村に対して「当酉年上中下新米・上新大豆、当月一五日ヨリ同晦日迄日々之相場書、商売人・庄屋・年寄立会、吟味之上聊も無相違様、片折紙ニ入念四通相認、右商売人・庄屋・年寄連印ニ而」差し出すよう指示している(「御用記」奈良県立図書情報館蔵)が、「米麦其外雑穀直段之儀者、五條・野原市之相場聞合相用来」(安永二年「大津村鑑明細帳」表野家文書)とあるように、五條代官所が設置される以前においても五條村・野原村の相場が大津村など周辺地域の公定的な機能を果たしていた。代官所が置かれると、陣屋元村の五條村相場が、一層その標準規格性を強めたと考えられる。中屋源兵衛は、五條村庄屋・年寄・百姓代の連名で「当町米麦銭之相場」を代官所に年四回届けたが、その相場書の写しを「御用留」に書き残している。春夏秋冬の四季の最初の月に当たる一月・四月・七月・一〇月の各月の中日一五日の相場の記録で、毎回上米・中米・下米・上麦・中麦・下麦の一石の各値段と銭一貫目の銀値段が記されている。それらをまとめて【米・麦・金・銭相場一覧】を作成した。上米から中米へと品等が下がるごとに二匁ずつ値段も下がる。嘉永三年(一八五〇)に初めて様子が若干変わり、翌嘉永四年(一八五一)一月には、米の場合三匁ずつ下がっている。弘化二年(一八四五)一〇月から恒常的に上米値段が九〇匁を越える。嘉永三年(一八五〇)、同四年(一八五一)になると米価が急上昇している。麦価も似た様子を示すが、特に嘉永四年は前年に比して極端な上昇である。
【米・麦・金・銭相場一覧】
年月日上米中米下米上麦中麦下麦銭1貫文金1両代
天保12年7/1578匁76匁74匁35匁33匁31匁9匁
天保12年10/157573713533319
天保13年4/159088863937359
天保13年7/1780.578.576.53331299.5
天保15年7/1586848230282610(2/6)64.3匁
天保15年10/1584828036343210
弘化2年1/1576747236343210
弘化2年4/1578767430282610
弘化2年7/1582807835333110(7/8)64.05匁
弘化2年10/1592908840383610
弘化3年1/1590888642403810
嘉永元年4/159290884644429.8
嘉永元年7/159290884846449.8
嘉永元年10/159290885048469.8
嘉永2年1/159896945250489.8(2/15)63.65匁
嘉永2年4/159997955452509.8
嘉永2年7/159997(95)※5452509.8
嘉永2年10/15102100985452509.8
嘉永3年1/15107.843105.882103.9215250489.8
嘉永3年4/15109.8107.8105.848464410
嘉永3年7/15112.74110.8108.844442409.5(7/11)61.85匁
嘉永4年1/16145.1142.1139.18078769.4
備考○中家文書の御用留から作成した。 ○金相場は月日が米・麦と異なるので(日付)を記した。
○大豆値段はここでは省略した。 ○米・麦は一石の値段である。○※は推定(記載漏れか)

 ところで、中家文書〔箱3〕には「新米大豆買入直段書上帳」と表題が付けられた文久二年(一八六二)、文久三年(一八六三)、慶応二年(一八六六)のそれぞれの一冊文書があって、一〇月中の毎日の米価(大豆については毎日ではない)などが記されている。五條村庄屋源兵衛・年寄・百姓代と商人佐兵衛・七兵衛が鈴木源内代官所や高取藩預所宛てに作成した。五條村や中家の地域社会における立場や占める位置の重要性がこれら文書からだけで、印象づけられる。ただし、誰がどこでの買入なのか、買入無とはどういうことなのかなど未考。
 前記各「御用留」から抽出した一覧と文久年間、慶応二年(一八六六)の米価を対照させると、慶応二年(一八六六)頃からの物価の暴騰と差し迫った社会的状況がよりリアルに浮かび上がらせることができる。慶応二年(一八六六)以後の異常な狂乱物価は一目瞭然であろう。また、これに五條代官所や奉行所の物価対策の触れを視野に置くと、社会的秩序の維持や安定、沈静化に向け、公儀としての幕府が必死になって対策を取ろうとしていたことが明瞭に読み取れる。物価統制の繰り返される役所・奉行所触の一覧【物価取締りの通達一覧】は、中家文書の「御用留」からのみ摘出した。なお、文久三年(一八六三)移一〇月一日は、天誅組総裁藤本鉄石・松本奎堂らが九月二五日に戦死、その二日後には吉村虎太郎が討ち死にするなど天誅組騒動が沈静化を迎えた直後である。〔箱2-15〕「仕法講に付き差入一札」は、慶応二年(一八六六)五月頃の五條三ヶ村において、些細な風聞によってすら「愚昧之小前共儀、人気相立」ち、「不成容易次第」「人気騒立」つ寸前の騒然とした情況を示している。
 それにしても、一地域社会においてすら、毎日米価の相場が相違するばかりか、「米直段此節格別ニ引上、一日之内ニも多分之不同も有之」〔箱1-25〕とさえ言われる近世の地域市場経済の日々の急速な展開には驚くほかない。こうした事態は、年貢銀の納入時期を廻る駆け引きや売買にも影響を与えた。文政八年(一八二五)一月付で「去極月ヨリ追々米下直ニ相成候間、此節売拂候而者積穀御願申上候詮も無御座候ニ付何卒、積米売拂之儀者六月迄御猶予被下度」と代官所に歎願している(東阿田村文書)ように、新米が売買される少し前の六月が有利だったのであろう。また、それぞれの村の「村直段」があって、村諸入用の算出に用いられている例がある。詳細は省くが、西阿田村では、例えば庄屋や年寄の給料を「村直段」で計上していて、米一石を天保一二年は七五匁、嘉永元年は八七匁で換算している(北山家文書)。村値段と五條村の相場との関係が明らかではないが、五條村の相場の存在抜きにしては、近世の地域経済社会を理解することは困難であろう。
【上 米 買 入 値 段 一 覧】(文久2年・3年10月)
日 付文久2年文久3年日 付文久2年文久3年
10/1150.549170.64710/16152.02178
10/2148.588171.62710/17151.039178.98
10/3買入無170.64710/18152.02179.961
10/4148.588169.66710/19153.49180.941
10/5149.569170.15710/20154.471182.412
10/6150.549買入無10/21154.961182.902
10/7151.039172.11810/22155.941183.392
10/8152.02173.09810/23153.98184.373
10/9152.02174.56910/24153買入無
10/10153174.07810/25154.471184.127
10/11152.51175.05810/26155.941184.863
10/12買入無買入無10/27151.961186.333
10/13152.02176.52910/28156.431186.824
10/14153177.0210/29買入無187.314
10/15152.02178.4910/30買入無
備 考O〔箱3-340〕「新米・大豆買入直段書上帳」と〔箱3-343]「新米・大豆買入直段書上帳」から作成した。上米値段のみ示し、中米・下米・大豆値段は省略した。単位は匁 ○何れの場合も中米は上米より3匁、下米は6匁安い。例えば文久2年の10/1の中米は147.549匁、下米は144.549匁であり、文久3年の中米は167.647匁、下米は164.647匁である。

【新 米 買 入 値 段 一 覧】(慶応2年)
日 付上 米中 米下 米日 付上 米中 米下 米
10/1770.157767.157764.15710/16762.804759.804756.804
10/2767.706764.706761.70610/17772.608769.608766.608
10/3757.902754.902751.90210/18779.961776.961773.961
10/4740.745737.745734.74510/19792.216789.216786.216
10/5738.294735.294732.29410/20792.216789.216786.216
10/6728.49725.49722.4910/21767.706764.706761.706
10/7721.137718.137715.13710/22757.902754.902751.902
10/8716.235713.235710.23510/23762.804759.804 756.804
10/9713.784710.784707.78410/24767.706764.706761.706
10/10買入無10/25760.353757.353754.353
10/11723.528720.528717.52810/26753750747
10/12730.941727.941724.94110/27757.902754.902751.902
10/13745.647742.647739.64710/28760.353757.353754.353
10/14762.804759.804756.80410/29762.804759.804756.804
10/15757.902754.902751.90210/30買入無
備 考○〔箱3-342〕「新米・大豆買入直段書上帳」から作成。大豆値段は省略した
○単位は一石につき匁○ランクが下ると3匁ずつ安くなる。

【物価取締りの通達一覧】
年月日通達の役所内容
慶応2年4月1日五條代官所・方今米価格外に高騰、一己の利潤の目的で売り払わず蓄えておくべきこと
慶応2年5月7日五條代官所・米穀沸騰の折柄、米麦の他国への売却の誡め
・酒造の過造禁止
慶応2年6月22日京都町奉行所・山城、大和、近江、丹波国の米穀は京都の備えを考慮し「正路之直段」で商うこと
・他国への米売り禁止
・近来益々米価沸騰、「持貯」「直待」「囲ひ」の禁止
慶応2年7月22日
          7月26日
          7月晦日
五條代官所
奈良奉行所
京都町奉行所
・米価格外の高値なので酒造高の減少を指示
慶応2年9月4日奈良奉行所・近来米価稀なる高値、一己の利欲で売買することの禁止
慶応3年2月11日五條代官所・「諸物価追々沸騰、就中米穀類古来無双之高直」の時節柄山野、不毛の場所に食用品の蒔き付けを奨励
慶応3年3月26日五條代官所・「米穀諸物価沸騰ニ付而ハ、浪人躰又者無宿乞食非人之類村々立廻」り、盗難が多いので対策を講ずること
慶応3年5月9日五條代官所・米価高値の折りから、当年相応の作の麦をできるだけ売らないこと
慶応3年10月7日五條代官所・米穀も豊作で米価も次第に下直、諸産物も下落のはずが下がらない、実直に商売をすべきこと
備考○典拠:〔箱1-26〕「御用留」に載る物価対策の触書 ○役所からの触のみを選び、年貢の安石代・救石代上納など他の政策は取り上げていない。