五條市教育委員会/中家文書調査報告書

中家文書調査報告書

第三章 解説

第四節 五條商人

 虫食いが甚だしくて判読が難しい箇所もあるが、享保七年(一七二二)の文書〔箱1-4〕には五條村商人三二名が列挙されている。帯屋六兵衛・万屋彦兵衛・鍋屋仁兵衛・甲屋三郎右衛門・粉川屋善太郎・住川屋助四郎・菊屋忠八・中屋又吉・花屋太右衛門・久宝寺屋藤四郎・馬嶋屋□四郎・馬嶋屋彦右衛門・花屋兵四郎・米屋長九郎・中屋源兵衛・犬かい屋二郎兵衛・犬かい屋権三郎・居傳屋三郎右衛門・上田屋利兵衛・吉野屋久左衛門・茶屋太郎兵衛・新屋武右衛門・吉野屋久兵衛・銭屋五郎兵衛・岡屋安兵衛・松屋平三郎・下市屋藤兵衛・岩井屋喜左衛門・今井屋孫四郎・井筒屋平七・市口又市・下馬藤右衛門。以下、この前後の彼らの具体的な商人としての活動の一端を探ってみよう。
 宇智郡内の「坂部郷之内村々并御山村・丹原村・霊安寺村」方面へ、五條馬借所の指示によって「橋本より荷物送り遣し」た五條商人の名が列挙されている〔箱3-351〕。源兵衛・次郎兵衛・又吉・久四郎・平七・治兵衛・仁兵衛・平三郎・彦兵衛・武右衛門・安兵衛・権三郎・又市・七兵衛・六兵衛・伊兵衛・忠右衛門・平吉・善右衛門・太郎兵衛・孫四郎・平右衛門の二二名である。しかし元禄一六年(一七〇三)の大火で商売の記録帳簿は焼失してしまい、現在「帳面有合候而」残っているのは源兵衛・仁兵衛・藤四郎・安兵衛・善右衛門・又吉・五兵衛・権三郎・次郎兵衛・次兵衛・平三郎・久四郎・太郎兵衛の一三名分の帳面であるという。この列挙されている商人名のうち、前者にその名が見られない藤四郎・五兵衛を加えると、当時は二四名が丹原村・霊安寺村方面と橋本との中継ぎ取り引きをしていた重立った商人だということになる。源兵衛=中屋、権三郎と二郎兵衛=犬飼屋、藤四郎=久宝寺屋、太郎兵衛=茶屋、武右衛門=新屋らにそれぞれ比定して誤りはなかろう。
 この文書から五條馬借所の【三ヶ年荷物寄一覧】を作成した。一覧中のA・B・C地域は、五條馬借所の「此方商場」であることによって「売荷物」・「差図荷物」・「次(継)荷物」の区別が生じるのであろう。「前書ニ相記申商人之外之商人并ニ小商人売物品々」は別にもっと有るけれども「積りかた」いので記さない、「不残帳面」が有れば「余程有之」るはずだという。それでも一覧からは、重立った商人の顔ぶれや丹原村や御山村などとの取り引き活動の様子、特に野原村との取り引きが多いことなどが垣間見える。
 五條村商人は勿論であるが、野原村も物資流通の中継地、拠点として機能していることは「継荷物」と「野原出荷物」が存在していることから明らかである。五條村の商人ばかりではなく、野原村商人も独自に商業活動を展開している様子が窺える。【三ヶ年荷物寄一覧(1)】において、元禄一二年(一六九九)の五條村商人による扱い荷物駄数が少ないのは、元禄の大火の影響で「町中焼失仕候節、帳面焼失仕」〔箱3-351〕る事態を反映していて、商人が中屋源兵衛・久宝寺屋藤四郎らに関わる帳面だけが残っていたからだろう。また【三ヶ年荷物寄一覧(2)】によれば、享保三年(一七一八)の野原次荷物が極端に減少している。享保八年(一七二三)三月、野原村庄屋四郎兵衛ら村役人は「野原村之義度々火事ニ逢、五年以前も村中不残火事ニ而焼失」〔箱1-7〕と述べている。「五年以前」が享保三年(一七一八)を指すとすれば、享保三年(一七一八)以前に比しての野原次荷物の急激な減少は、この「村中不残火事」に起因している可能性が大きい。
【三ヶ年荷物寄一覧(1)】
届先荷物種類元禄12年,荷駄数・商人宝永8年,荷駄数・商人享保2年,荷駄数・商人駄数小計
売荷物16駄源兵衛186駄五兵衛・仁兵衛・権三郎・次郎兵衛・又吉・武右衛門149.5駄太兵衛・安兵衛・久四郎・又吉・源兵衛423.5駄
72源兵衛・武右衛門
差図荷物86.5源兵衛・藤四郎77源兵衛・仁兵衛・治郎兵衛38安兵衛・又吉・源兵衛228.5
27仁兵衛・次郎兵衛
小計102.5362187.5652
売荷物6源兵衛477.5善右衛門・五兵衛・権三郎・油屋善右衛門・次郎兵衛・源兵衛・又吉19仁兵衛・平三郎・久四郎・又吉・源兵衛502.5
差図荷物
小計6477.519502.5
売荷物574.5五兵衛・仁兵衛・権三郎・次郎兵衛・安兵衛・源兵衛・又吉・武右衛門131.5太兵衛・安兵衛・仁兵衛・平三郎・又吉・源兵衛706
継荷物28.5仁兵衛28.5
小計0603131.5734.5
駄数合計108.5駄1442.5駄338駄1889駄
備考○典拠史科:〔箱3-351〕「三ヶ年荷物寄帳」 ○一覧のA=「坂部郷之内村々御山村・丹原村・霊女寺村」、B=「加名生谷」、C=「野原村」を指す。 ○継荷物とは「橋本より五条へ参、届ヶ申」した荷物

【三ヶ年荷物寄一覧(2)】
宝永7年正徳2年正徳3年享保3年享保7年
536.5駄
野原次荷物
470駄
野原次荷物
726.5駄
野原次荷物
105駄
野原次荷物
90駄
野原出荷物
備考○〔箱3-351〕のうち、野原村だけ別に記載された分 ○野原出荷物とは「五條次橋本下し」の荷物 ○正徳2年は半年分 ○この文書は抹消されていることに注意