五條市教育委員会/中家文書調査報告書

中家文書調査報告書

第三章 解説

第三節 伝馬所

第二項 馬借所争論

〔箱3-336〕と〔箱3-346〕は、奈良奉行小菅備前守(武第)とその部下で担当与力中條太郎右衛門・同心鏑木官左衛門が裁定を下した訴訟文書で、訴訟方は五條村馬借問屋忠右衛門一人、相手方は広範囲の村々住民である。
 須恵村重助と息子太助・新町村治助・五條村権兵衛後家きたは、馬借所のある地元に住んでいて馬借所の「格式」が存在することを知らないはずがないにもかかわらず、明和五年(一七六八)以来問屋継ぎをせずに何度も自分の手で「荷物次送」ったことで罪が重いこと(五〇日間所預けや手鎖)、葛下郡松塚村・吉野郡塩野村・十市郡北八木村・紀州上那賀郡粉川村・葛上郡名柄村・吉野郡向加名生村・紀州伊都郡西富貴村の者は、五條馬借所の「問屋次之儀無心附」く荷物を須恵村重助らに送ったので罪は軽いこと(急度叱り)、訴訟方馬借問屋忠右衛門には話し合いをすれば良い事を「粗忽」に荒々しく振る舞ったこと、差し押さえた米・綿・鞍・通帳などを元に戻すことなどが申し渡された。更に忠右衛門から馬借問屋の退役願いが提出されていることについては、次の跡役請負人が決まるまでの期間は五條・須恵・新町の三ヶ村役人が勤め、「先役酒井丹波守申付」を守って「此上不及延引候様無油断入札」することを命じているなど馬借所・伝馬所の運営成り立ちへの指示を忘れていない。訴訟方が馬借問屋の彦右衛門一人であること、商取引の広域性、公法的馬借所運営とは別の私的運営を目論む動き、馬借問屋の請負制や入札による決定方法などの馬借所経営の一端が垣間見える好史料である。特に須恵村重助・太助父子らが、馬借問屋とは別に意図して独自に(不法に)「荷物次送」を継続しておこなってきたこと、葛下郡・吉野郡・十市郡・葛上郡・紀州那賀郡・紀州伊都郡など広範囲に及ぶ商品流通のネットワークの形成を窺わせること、馬借所所在地の須恵村の住民の動きであることなどの点には注目してよいだろう。輸送業や商品流通における広範囲の「自由な」活動への欲求の動きを示しているのではないかと考えられる。