明石市立図書館/明石 郷土の記憶デジタル版

明石の農村

鳥羽地区

昔の村の様子と子ども達の生活(昭和30年頃)

 前述のほか、村に対する奉仕活動の一環として、男の子達は「大とんと」(大きな左義長)をつくる役割も担っている。

現在の左義長(鳥羽小学校)

 恒例の1月15日の実施日に合わせ、事前に山林所有者(神戸市西区枝吉等在住)と交渉し、とんとの材料となる男(おとこ)竹200本程度を調達する。
 本数が多いので、数日前から竹薮に入って鎌(かま)やのこぎりで竹を切り、藪の中から搬出、数台のリヤカーに積み込み、現場まで何度も搬送を繰り返し、前日の14日の夕方にはとんとの組立が終わる。
 組立てが終る頃、無病息災(むびょうそくさい)、学力向上を祈願するため、正月のしめ飾りや書き初めなどを各家庭を回って集め「とんと」の竹にくくり付ける。
 当日(15日)の早朝(4時半か5時頃)になると、「とんと、ほこらがえっそー早(は)よ来(こ)な焼やしてまうぞー!」と子ども達は、「とんと」の火付けのはじまりを村中告げて回る。
 村民の集まりの状況を見はからって、小学校6年生代表者1人が、恵方(えほう)(その年の干支(えと)の良い方角)に作られた火付け口に火を付ける。火は一気に天に向かって燃え上がり、新年の無病息災を祈願する。
 なお、この全ての作業などは、大人の手を一切借りずに、小学校6年生の指揮のもと、小学生全員が一致団結して行う。また、竹代等とんとの費用は、各家々からのお礼金でまかなう。
 ※「とんと」の灰は、無病息災など縁起のよい物との言い伝えがあるので、とんとの灰でもちを焼いたり、灰を家に持ち帰り、家の周辺にまいたり、或いは神棚(かみだな)に供えるなどをしていた。