明石市立図書館/明石 郷土の記憶デジタル版

明石の農村

鳥羽地区

昔の村の様子と子ども達の生活(昭和30年頃)

よいやなり

 男の子達は、村の奉仕活動の一部を担当している。鳥羽八幡神社の秋祭りが終わると、その中の一つとして、村の中にある6つの地神(じがみ)さんの年1回のお祭りである「よいやなり」が小学生達の手によって執り行われる。
 これらの地神さんには、村の慣習によって各家庭毎に4つの氏子(うじこ)(祭り事を行うグループ)が決められている。当日は、それぞれの氏子毎に、上級生の指示のもと、「祠(ほこら)」(神様を祀った小さな社)などの清掃や「飾り提灯」の作成等祭りの準備作業を行う。準備が整うと、その日の夕方から4つの氏子が合流し、「飾り提灯」を掲げて各家を回り、よいやなりを唱(とな)え(P36~40参照)そのお礼として各家々から祝儀をもらう。
 「よいやなり」が終わると全員で直会(なおらい)(祭りが終わったあとの宴会)として「芋食(いもく)い」(もらったご祝儀で買ってきた「さつま芋」を蒸して食べる会)を開く。芋が蒸し終わり、各地神さんに芋をお供えした後、6年生が大将(リーダー)となって「芋食い」が始まる。5年生以下は大将のお許しがなければ、勝手に芋を食べられない。お願いすると、大将から細い竹の先に突き刺した芋を差し出されるというルールがある。
 「芋食い」が終わると鳥羽八幡神社にお参りする用具作りが始まる。まず、昔から引継がれてきた末広がりの六角の行灯框(あんどんわく)(直径50㎝程度、高さ60㎝程度)に半紙を貼り付け、その両面に「天下泰平」「五穀豊穣」「家内安全」と筆で書き行灯を作る。この行灯を芯(しん)竹(長さ3~4m程度)の先に固定するとともに、神社への進行による傾倒を防ぐため、支えとなる数本の竹を芯竹に縄でくくり付け、用具づくりの全ての作業が終了する。夕方になると「よいやなり」の終わりの行事として、行灯に火をともし、小学校6年生2人が芯竹を、その他の子どもが数本の支え竹をもって、鳥羽八幡神社の氏神さんに「よいやなり」の神事が無事に終了したことの報告に上がる。