明石市立図書館/明石 郷土の記憶デジタル版

明石の農村

鳥羽地区

村の成立

地名の由来

 野々上という地名は、鳥羽地域が、いなみ野台地とよばれる平坦な中位段丘面が広がる野原であったことによって、つけられたといわれている。明石藩は、在地支配を円滑に行うことや個々の村の水利や漁業などの維持管理を共同して行うため、領内に東浦部、西浦部、中里、押部、野々上、淡河、小川、新田の8組を設置した。鳥羽村は、「野々上組」に所属する。
 なお、『角川日本地名大辞典』(昭和53年刊)によると明治初期まで野々上は、鳥羽付近の総称であったと記されている。
 
〈野々上組の各村々〉
和坂、和坂新田、小久保、鳥羽、鳥羽新田、松陰、松陰新田、上津橋、中村、印路、西戸田、森田、大窪、中の番、大久保町、大久保町新田、山ノ下、西脇、畳谷(たたみだに)新田、福田、金ケ崎、柳井、長坂寺、長池、清水、清水新田の各村