堺市立中央図書館/堺市史

堺市史 第七巻

第三編 名蹟誌

第二章 寺院及寺院址

第二節 寺院址

 【所在】俗に龍神堂と稱せられた善法寺は大濱通一丁にあつたが明治維新後廢寺となり、僅に本堂が殘されてゐる。【龍神堂】堂は西面三間四方の瓦葺寶珠型の建築で觀音開の扉の堂内には正面壇上に厨子を据ゑ、左右に位牌を安置してゐる。【朝陽館碑】堂の南側には高さ約八餘、幅四餘の朝陽館の碑が建ち、秋月種樹撰文の銘文を刻してゐる。朝陽館は此地の景勝を利用し兼ねて寺刹保存の目的で宅德平、大塚和三郞氏等の發起で一種の社交倶樂部として設立したものである。爾來其廣大な庭園を擁して朝陽館は繁昌したが、維持の方法を失つて荒廢し庭園の一部と龍神堂とを殘すのみになつた。最近阪堺電鐵道の終點を置いた爲め移轉計畫もあつたが、舊域のまゝ南宗寺に附屬せしめる事になつた。

第百二十二圖版 龍神堂