堺市立中央図書館/堺市史

堺市史 第七巻

第二編 神社、寺院、教會誌

第二章 寺院誌

第二節 眞言宗

 【寺址】善法寺址は大濱通一丁に當る。【創建の由來】北莊西部の海濱には、往時埠頭があり、船舶輻輳のところであつた。然るに海濱砂泥堆積、漸次淺渚となり、加之寶永元年新大和川の開鑿以來、殊に急速の變化を示し、入津の船舶漸次減少した。こゝに於て市民中、出羽庄内善寶寺奉祀の龍神尊に祈願せば、土砂退散するよしを傳聞するものがあり、相謀つて善寶寺の住職を聘し、天明六年閏十月戎嶋慈眼院に於て、本尊龍王神に三七日間の祈禱を修し、滿願の日に祕密の經文を小石に記し、之を海濱へ埋沒した。爾來四閲年吉川俵右衞門の港灣修築となり、終に竣工を見るに至つた。而して、嘗て龍神尊に祈願し、其際石を埋沒した箇所は、不思議にも海底深くなり、所謂千石積の船舶も容易に入津することを得、埠頭の繁榮舊に復するに至つた。斯して此後天保六年、善法寺の庫裏、龍神堂及び繪馬堂を造營し、【本尊】曩に慈眼院に奉祀した龍神尊を此處に遷座し、(龍神堂記錄)同年九月入佛供養を修行した。(神明神社記錄)