京都女子大学/京都女子大学図書館所蔵 淀藩士上月家文書

大儀院様御代被仰出書集 壱
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      [画像6~10]
 
<翻 刻>
 
画像画像 11
 先代より右両人江使番給相
 渡り候、尤借り米有之ニ付而之
 事候得共、聞え不宜候、依之、
 今度右之給金可指上候、右
 之通之御書付、 御直ニ御渡
 被遊、両人共ニ奉畏候由御請申上候
一右之通被 仰付、畢而左之通
 御自筆之御書付、内蔵允江
 御渡被遊候
      田辺 左仲
      瀧川新右衛門
 
  (改頁)
 
      八太三左衛門
 其方共儀、重キ御役義被
 仰付置候得共、御借り米在之、
 品により候而者御外聞茂
 如何ニ被 思食候間、つよき御借り
 米之内ハ若党壱人宛被下之候、
 給金五両扶持方壱人分之筈
 候之間、御勘定奉行江可被相談候、
 右御書付、新右衛門・三左衛門於御前
 拝見し、難有奉存旨御礼御談申上ル、
 右之趣御自筆を以被 仰付候、
 此趣田部左仲方江も申達候事、
  但、此以後、(松カ)杉原五左衛門御家老職
 
 
画像画像 12
  被 仰付候節も、右之通被
  下候也
一杉浦太左衛門〈干時/出入司〉義、御入部立帰
 御供ニ罷越、御用相済江戸江
 御返シ被成候、依之御借シ人之分、
 御目付共ゟ委細申出、御吟味之上、
 御足軽御借不成候、段右衛門江申聞
 候之趣、享保十七子年八月
 十三日之日記ニ具有之也、
一此間、大名分御番頭・御城代・
 並番頭・寄合支配并御籏
 奉行・御者頭・御持長柄奉行・
 御数長柄奉行・
 
  (改頁)
 
 町奉行・御勘定奉行・御留守居共、
御前江被 召出、段々入割之
御意有之、相組支配之者共
江も寄々申聞候様被 仰出候、
事永キ義ニ付、御意趣
書付ニ致シ、猶亦一通
御覧ニ茂入候上、右之面々并
御目付共江相渡、其筋/\ゟ
申聞候様申渡候、組外、江戸
【(取り消し線)より参候面々并御目付江、】
より参候面々并淀勝手之
御手廻り之面々ともニ、大内
一郎左衛門、干時奉行役今峰舎人、
 
 
画像画像 13
上同、可申聞由、御直ニ被仰付、
御醫師之分ハ、御匙河原林
道竹旅宿へ同役乾立ト
立合、不残申聞候由、則
御意之覚書、左ニ記之
  御意書之覚
御入部以後、諸士之様子段々
被遊 御覧候處、武藝茂
励惣躰様子能被 思召候、
平生之身持作法等之事ハ
御相続被遊候節被 仰出候処、
 
  (改頁)
 
是又相守候様ニ聞召候得共、
又左様ニ無之者(衍カ)者茂可有之歟、
惣而珍敷所又ハ遊山所などへ
参、面白事見申度存候ハ、
老若ニ不限誰シも可有之ハ
人情之事候間、無余義事之
様ニも被 思召候得共、其所にて
御掟を守候儀、慎ミ第一ニ候、
上ニ茂左様之儀御嫌ひニハ不被成
御座候得共、
公儀江被為対、且亦、御家中諸士江
被対御慎被成御座候、しかれハ諸士も
 
 
画像画像 14
上江対、猶以相慎不申事ニ而、
思召候、御先代ニハ所々江廻之者も
被 仰付置候得共、当御代ニハ
被指止候、其訳者、一旦御法度被
仰付候間、其上ニ廻之者等被
指出候得而ハ、諸士を御疑被遊
候之様成もの故、諸士江対シ不
及儀と 思召候而被指止候、ケ様
之所も諸士相考申候ハヽ、改而
被仰聞迠茂無之、随分慎内之
ものと思召候、高徳院様御代
などゟ段々厳敷御法度も
 
  (改頁)
 
被 仰出候得共、末々の事ハ
御聞ニも不達候哉、 殿様ニ者
末々之義迠能御存被遊候ニ付、
入割被 仰出候上者、却而厳敷
御内慮之 御思召候、然ル上者、
再応被仰出ニハ不及候得共、所持
旁諸士之作法弥宜被 仰出を、
堅ク相守、慎相勤候様為致度旨
思召候儀第一之御事と、上ニハ【(取り消し線)□
□□思召候得共無非人茂□□
□□】右之通思召候得共、下より
御掟を背き不慎成もの候得ハ、無
是非人茂損候様ニ成行候、爰元
御城主様方御代々厳敷被仰付
 
 
画像画像 15
候儀茂被聞召候、殿様御代ニ成、
何方もゆるかせに罷成候者、
上ニ左様之義御好被遊候故、御家中
之もの迠猥ニ御制禁之場
なとへ罷越候などゝ、世上取沙汰も
有之候而ハ、甚御心外之御事与被
思召候間、向後ハ不時に廻り之者も
可被指出候、兼而左様ニ可相心得候、若
又不慎之もの有之候ハヽ御用捨
難被遊候、尤向後密々ニ廻之者等
ハ被仰付間敷思召候間、押出候而
被仰聞置、然ル上ハ不心懸ニ而遊
所等江罷越、不慎之もの有之
候者、其通御捨不被為置候、御所替
ゟ十年以来之事候間、御免
 
  (改頁)
 
被指置候所者勿論、其外も人々
一通りハ寄々ニ見物茂可仕与思召候、
最早左様之儀ハ心附可為在事
候、御代ニ成、惣而ゆるかせ尓被成
候故、御家中之ものも遊所等江も
徘徊仕候与取沙汰有之候而ハ、
御為ニ茂不罷成事ニ候間、以来
急度相守り慎勤候様ニ可仕之由、御意候、
一御坊主共被 召出候節、御切府
 金等時節ニゟ割合之儀相極
 候之段、子八月晦日之日記有之也、
  子八月廿四日
一御者頭其外格式有之者共并
 
 
      [画像16~20](翻刻)