浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

合併旧町村史

浜松市 合併町村史

佐久間町史 下巻

佐久間町史 下巻『佐久間町史 下巻』

 佐久間町役場 昭和57年



 
  序章   第一章  第二章  第三章  第四章   第五章   第六章
  第七章  第八章  第九章  第十章  第十一章  第十二章
 


目次■■ ページ  画像 
目次■■■■
序 佐久間町長 守屋 義雄■■■■
町史完結に寄せて 元佐久間町長 北井 三子夫■■■■
題字 山田 保夫氏
  
序章 近代への胎動■■1
■■第一節 胎動する近代の芽生え■■3
■■■■(1)ある医家の医学研究■■3
■■■■(2)「あめり」という国■■10
■■■■(3)北遠の国学運動■■13
■■第二節 近代への陣痛 ある村方騒動の記録■■24
■■■■(1)郷士と分付■■24
■■■■(2)郷士の変質■■26
■■■■(3)分付百姓の動向■■32
■■■■(4)ある村方騒動の記録■■44
  
第一章 明治維新と諸改革■■55
■■第一節 名主から戸長へ■■57
■■■■(1)廃藩置県前後■■57
■■■■(2)大区小区制■■58
■■第二節 学制の展開■■69
■■■■(1)学制頒布■■69
■■■■(2)小学校の実態■■75
■■第三節 徴兵制の施行■■81
■■■■(1)徴兵令■■81
■■■■(2)徴兵令への対応■■82
■■第四節 地租改正■■93
■■■■(1)地租改正の趣旨■■93
■■■■(2)地租改正事業の経過と影響■■94
■■第五節 文明開化と生活の近代化■■126
■■■■(1)文明開化と衣食住■■126
■■■■(2)小田敷日曜戸主会■■137
■■第六節 地域開発の先覚者たち■■142
■■■■(1)矢高濤一■■142
■■■■(2)四ツ門きん■■157
  
第二章 新しい村の成立と発展■■161
■■第一節 近代日本の地方自治と佐久間■■163
■■■■(1)地方三新法と区町村会■■163
■■■■(2)市制・町村制の制定■■172
■■第二節 浦川村・佐久間村・山香村・城西村の成立■■176
■■■■(1)浦川村・佐久間村の新生と部落■■176
■■■■(2)山香村・城西村の新生と部落■■180
■■第三節 新しい村づくりの進展■■183
■■■■(1)村政のにない手■■183
■■■■(2)地方自治の中心課題■■201
■■第四節 小学校教育の普及■■213
■■■■(1)教育令時代の小学校■■213
■■■■(2)小学校令と教育勅語■■221
■■第五節 戦争への対応■■231
■■■■(1)日清戦争■■231
■■■■(2)日露戦争から第一次大戦へ■■234
  
第三章 王子製紙と久根鉱山■■241
■■第一節 王子製紙■■243
■■■■(1)気田工場の建設まで■■243
■■■■(2)わが国最初の木材パルプ工場■■247
■■■■(3)中部工場の発足■■250
■■■■(4)水害と火事の苦難■■258
■■■■(5)原木から新聞用紙まで■■267
■■■■■■(イ)遠山山林■■267
■■■■■■(ロ)満島送材所■■270
■■■■■■(ハ)薪材生産■■271
■■■■■■(ニ)中部工場■■272
■■■■■■(ホ)製品の輸送■■278
■■■■■■(ヘ)王子と中部■■280
■■第二節 久根鉱山■■284
■■■■(1)明治三〇年の鉱害問題■■284
■■■■(2)古河の進出■■291
■■■■(3)久根本山と名合支山の地質■■294
■■■■■■(イ)地質の概要■■294
■■■■■■(ロ)層状含銅硫化鉄鉱床の成因について■■295
■■■■■■(ハ)久根本山について■■299
■■■■■■(ニ)名合支山について■■307
■■■■(4)生産の消長■■312
■■■■(5)鉱山の人々■■328
  
第四章 茶業の発達■■345
■■第一節 幕末・維新の産業■■347
■■■■(1)明治五年上平山の産業■■347
■■■■(2)楮・からし灰の流通■■353
■■■■(3)経済生活の実像■■362
■■第二節 茶生産の新展開 殖産興業の課題■■364
■■■■(1)茶生産の発展■■365
■■■■(2)茶業組合と改良委員■■368
■■■■(3)茶生産の新展開■■388
  
第五章 林業の発達■■393
■■第一節 明治維新期の遠州木材■■395
■■■■(1)東京市中木材輸入元国分表■■395
■■■■(2)明治初年における林業の動向■■401
■■第二節 金原明善の林業開発■■409
■■■■(1)川上と川下■■409
■■■■(2)瀬尻の献植と金原林■■412
■■第三節 山林組合の成立と林業■■423
■■■■(1)浦川村・山香村山林組合の成立■■423
■■■■(2)山林組合の活動■■435
■■第四節 天竜川材木商同業組合の成立と発展 木材流通の諸問題■■440
■■■■(1)天竜川材木商同業組合の成立■■440
■■■■(2)天竜川材木商同業組合第一部の事業■■456
■■■■(3)記号印章■■463
■■■■(4)天竜川材木商同業組合の事業■■476
■■第五節 木材輸送の諸問題 筏船■■487
■■■■(1)筏や船■■487
■■■■■■(イ)筏組■■490
■■■■■■(ロ)船積■■503
■■第六節 道路 産業振興と生活向上の運動■■518
■■■■(1)道路網の整備にかける人々■■519
  
第六章 三信鉄道の開発■■579
■■第一節 国鉄建設の運動■■581
■■■■(1)鉄道網案の発表■■581
■■■■(2)改正鉄道敷設法の成立■■582
■■■■(3)新線建設の遅延■■586
■■第二節 三信鉄道の創立■■588
■■■■(1)鉄道敷設後援会の活動■■588
■■第三節 全線開通まで■■601
■■■■(1)株式募集と払込み■■601
■■■■(2)トンネルと鉄橋■■605
■■■■(3)工事の経過■■608
■■第四節 三信鉄道の村への影響■■621
■■■■(1)停車場問題■■621
■■■■(2)旅客輸送の変化■■625
■■■■(3)貨物輸送の変遷■■627
■■第五節 飯田線の移り変り■■633
■■■■(1)戦後の輸送■■633
■■■■(2)国鉄バス■■635
■■■■(3)転落事故と安全対策■■636
■■■■(4)佐久間ダム関係の輸送■■638
■■■■(5)水窪廻り付替線■■639
■■■■(6)その後の飯田線■■641
  
第七章 太平洋戦争と生活■■643
■■第一節 満州事変から太平洋戦争へ■■645
■■■■(1)昭和初年の村々■■645
■■■■■■(イ)土地の状況と外から見た佐久間■■649
■■■■■■(ロ)主な職業とその動態■■650
■■■■■■(ハ)農林業のすがた■■652
■■■■■■(ニ)生活の実相■■656
■■■■(2)恐慌下における諸物価等の状態■■661
■■■■■■(イ)茶■■661
■■■■■■(ロ)繭■■662
■■■■■■(ハ)木材価の変動■■665
■■■■■■(ニ)米価■■668
■■■■■■(ホ)役場吏員の給料もさがる■■671
■■■■■■(ヘ)労働賃金の下落■■673
■■■■■■(ト)給料の支払延期■■673
■■■■■■(チ)欠食児童の存在■■674
■■■■■■(リ)浦川銀行の赤字■■674
■■■■(3)恐慌下における対応策■■675
■■■■■■(イ)為政者側の基本的対応策■■675
■■■■■■(ロ)税滞納の防止■■678
■■■■■■(ハ)授業料の徴収■■681
■■■■■■(ニ)小学校職員の寄附行為■■684
■■■■■■(ホ)生活改善への動き■■685
■■■■■■(ヘ)経済更生運動■■692
■■■■(4)戦時体制への歩み■■732
■■■■■■(イ)城西地区野田区有文書の状況■■733
■■■■■■(ロ)教育のあり方■■739
■■第二節 太平洋戦争下の生活■■743
■■■■(1)村内の概要■■743
■■■■(2)戦時体制下の諸相■■748
■■■■■■(イ)組織力の強化 隣組と在郷軍人会■■748
■■■■■■(ロ)国家財政への協力■■761
■■■■■■(ハ)資源確保のための動き■■772
■■■■■■(ニ)配給について■■788
■■■■■■(ホ)防空■■800
■■■■■■(ヘ)小学生時代の思い出■■806
■■■■(3)敗戦■■813
  
第八章 戦後改革の進展■■819
■■第一節 町村の自治■■821
■■■■(1)占領下日本の諸改革■■821
■■■■(2)選挙制度の改革■■825
■■■■(3)町村財政の整備■■831
■■■■(4)警察と消防■■834
■■第二節 新教育の発足■■839
■■■■(1)新教育の理念と六・三制義務教育■■839
■■■■(2)浦川高女から佐久間高校創設へ■■847
■■■■(3)社会教育の強化■■852
■■■■(4)教師の周辺■■856
■■第三節 戦後生活の変貌■■859
■■■■(1)戦後インフレと耐乏生活■■859
■■■■(2)農地改革と農協■■871
■■■■(3)久根鉱山労働組合■■878
  
第九章 山村生活と健康■■883
■■第一節 人口の変遷と生活■■885
■■■■(1)近世における人口の動き■■885
■■■■(2)近世の人口と生活 宗門人別御改帳より■■889
■■■■(3)現代における人口の動き 産業資本の動きと人口■■900
■■■■(4)現在人口とその地域分布 驚くべき過疎化の進行■■914
■■■■(5)最近の人口と年齢構成 深刻な老人化傾向■■919
■■■■(6)最近の人口動態と健康■■922
■■■■■■(イ)死亡の動向■■924
■■■■■■(ロ)出生の動向■■928
■■■■■■(ハ)婚姻と離婚の動向■■929
■■第二節 近世の生活と疾病への取組■■931
■■■■(1)近代の人々の疾病観■■931
■■■■(2)民間療法■■943
■■■■(3)病気に関する民間信仰と伝承■■962
■■■■■■(1)俗信■■962
■■■■■■(2)祈禱・「まじない」■■980
■■■■■■(3)妊娠出産についての伝承■■987
■■第三節 佐久間町衛生行政の歩み■■990
■■■■(1)コレラ防疫と衛生行政の芽生え■■990
■■■■■■(イ)天然痘■■990
■■■■■■(ロ)コレラ■■996
■■■■■■(ハ)衛生会の設置■■1000
■■■■■■(ニ)隔離病舎■■1005
■■■■(2)第二次大戦までに行なわれた衛生施策■■1007
■■■■■■(イ)トラホーム■■1007
■■■■■■(ロ)花柳病■■1010
■■■■■■(ハ)結核■■1012
■■■■■■(ニ)スペイン風邪■■1021
■■■■■■(ホ)乳幼児衛生■■1023
■■■■(3)貧困者対策の制度■■1030
■■■■■■(イ)行旅病者取扱■■1030
■■■■■■(ロ)済生会の救療■■1032
■■■■■■(ハ)米騒動と浦川村救済会■■1035
■■第四節 合併後の医療保健■■1044
■■■■(1)医療問題 国民健康保険を中心に■■1044
■■■■(2)僻地の保健医療■■1047
■■■■(3)千葉大学医学部農山村医学研究施設の活動■■1051
■■■■(4)母子保健活動 母子健康センターと母子保健へのとりくみ■■1054
■■■■(5)成人病対策■■1057
■■■■(6)寄生虫・結核予防対策■■1062
■■■■■■(イ)寄生虫対策■■1062
■■■■■■(ロ)結核予防対策■■1064
■■■■(7)環境衛生■■1066
■■■■■■(イ)水道の設置■■1066
■■■■■■(ロ)その他の環境衛生■■1070
■■第五節 健康を守る住民運動■■1072
■■■■(1)久根煙害事件■■1072
■■■■(2)久根鉱山の珪肺問題■■1080
■■■■(3)老人医療費無料化の住民運動■■1082
■■■■(4)いずみ会(生活と健康を守る婦人の会)の運動■■1087
  
第十章 佐久間ダムの建設■■1093
■■はじめに■■1095
■■第一節 佐久間ダム前史■■1097
■■■■(1)前史その一■■1097
■■■■(2)前史その二■■1103
■■第二節 佐久間ダム建設決定■■1109
■■■■(1)電発の発足とダム建設決定■■1109
■■■■(2)ダム決定と町内の動向■■1114
■■■■(3)総合開発計画と佐久間ダム■■1117
■■第三節 佐久間ダム建設はじまる■■1124
■■■■(1)建設計画と施行体制■■1124
■■■■(2)補償問題のはじまり■■1126
■■■■(3)建設工事開始■■1133
■■■■(4)飯田線付替計画■■1138
■■第四節 補償問題の解決■■1146
■■■■(1)水没補償■■1146
■■■■(2)営業補償と感謝料■■1161
■■■■(3)公共補償と水利権問題■■1167
■■第五節 建設工事の進展■■1173
■■■■(1)仮締切工事完成■■1173
■■■■(2)発電所工事の進行■■1179
■■■■(3)飯田線工事はじまる■■1183
■■■■(4)ダム・ブームの実相■■1190
■■■■(5)秋葉ダム建設はじまる■■1199
■■第六節 建設工事最終段階へ■■1203
■■■■(1)積み上るダム■■1203
■■■■(2)発電機のすえ付け■■1209
■■■■(3)飯田線の開通■■1210
■■■■(4)ダム湛水と発電開始■■1213
■■第七節 佐久間ダムのもたらしたもの■■1218
■■■■(1)ダム完成式■■1218
■■■■(2)ダムと開発効果■■1220
■■■■(3)佐久間ダムのもたらしたもの■■1232
  
第十一章 佐久間町の発足と発展■■1237
■■第一節 戦後町村合併の動き■■1239
■■■■(1)町村合併の背景■■1239
■■■■(2)「町村合併促進法」の制定■■1244
■■第二節 佐久間町誕生への歩み■■1250
■■■■(1)合併序曲 水窪町・城西村の磐田郡編入■■1250
■■■■(2)佐久間町の発足への前提■■1252
■■■■(3)合併への陣痛 四ヵ町村合併促進協議会の動き■■1255
■■第三節 佐久間町の発足■■1295
■■■■(1)合併申請書の提出■■1295
■■■■(2)佐久間町建設計画■■1320
■■■■(3)解村(町)式そして新しい町へ■■1349
■■第四節 佐久間町の歩み 成立とその発展■■1356
■■■■(1)佐久間町の担い手たち■■1356
■■■■(2)佐久間町の発展■■1362
■■■■■■(ア)天皇・皇后の行幸啓■■1384
■■■■■■(イ)教育基盤の整備■■1384
■■■■■■(ウ)社会教育の充実■■1386
■■■■■■(エ)福祉行政の展開■■1387
■■■■■■(オ)生活環境の整備■■1388
■■■■■■(カ)産業基盤整備事業■■1389
■■■■■■(キ)防災対策の新展開■■1395
■■第五節 第一回全国山村振興シンポジウムのあとさき■■1400
■■■■(1)全国山村振興シンポジウム■■1400
■■■■(2)佐久間ダム完成のあとさき■■1402
■■■■(3)新しい町づくりへの道■■1409
  
第十二章 村人のくらし■■1417
■■第一節 村人のくらし■■1419
■■■■(1)食制からみたくらし■■1419
■■■■■■(イ)主食と食事の回数■■1419
■■■■■■(ロ)多彩な粉食■■1423
■■■■■■(ハ)山や川の幸■■1425
■■■■■■(ニ)調味料■■1428
■■■■(2)服装からみたくらし■■1429
■■■■(3)山を利用する生業■■1432
■■■■■■(イ)ヤマヅクリ■■1432
■■■■■■(ロ)狩猟■■1440
■■■■■■(ハ)林業■■1448
■■■■(4)舟運■■1456
■■■■(5)川漁■■1466
■■■■■■(イ)江戸時代の川漁■■1469
■■■■■■(ロ)アユ漁のこと■■1473
■■■■■■(ハ)その他の漁■■1482
■■■■(6)養蚕■■1482
■■■■(7)炭焼■■1486
■■■■(8)茶づくり■■1489
■■第二節 信仰をめぐる習俗■■1492
■■■■(1)氏神祭礼■■1492
■■■■(2)村人と寺の関係■■1499
■■■■(3)火伏せの神としての秋葉信仰■■1504
■■■■(4)卓越する御霊信仰■■1508
■■■■■■(イ)屋敷神における若宮信仰■■1509
■■■■■■(ロ)ミサキに関する伝承■■1518
■■■■■■(ハ)七人塚その他■■1518
■■第三節 年中行事■■1526
■■■■(1)正月行事■■1526
■■■■■■(イ)正月の準備■■1527
■■■■■■(ロ)年取り■■1529
■■■■■■(ハ)正月■■1529
■■■■■■(ニ)七日正月■■1531
■■■■■■(ホ)仕事始め■■1531
■■■■■■(ヘ)モチイ(小正月)■■1534
■■■■(2)春から夏の行事■■1537
■■■■■■(イ)節分■■1537
■■■■■■(ロ)山の神祭り■■1542
■■■■■■(ハ)神送り(コトハジメ)■■1543
■■■■■■(ニ)三月節供■■1545
■■■■■■(ホ)彼岸・卯月八日■■1546
■■■■■■(ヘ)五月節供■■1547
■■■■■■(ト)稲作儀礼■■1548
■■■■■■(チ)祇園■■1549
■■■■(3)盆の行事■■1552
■■■■■■(イ)盆■■1552
■■■■(4)秋から冬の行事■■1560
■■■■■■(イ)芋節供■■1560
■■■■■■(ロ)釜の神様■■1561
■■■■■■(ハ)イノコ祭り■■1563
■■■■■■(ニ)霜月祭■■1563
■■■■■■(ホ)神送り・冬至■■1564
■■第四節 人の一生■■1566
■■■■はじめに■■1566
■■■■(1)産育■■1566
■■■■(2)婚姻■■1575
■■■■(3)葬制■■1580
  
編しゅう後記 若林淳之■■■■