浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

合併旧町村史

浜松市 合併町村史

舞阪町史 中巻

舞阪町史 中巻『舞阪町史 中巻』

 舞阪町 平成八年



 
  【第四編】  第一章  第二章  第三章  第四章  第五章  第六章  第七章  終章
 


目次■■ ページ  画像 
第四編 近現代Ⅰ■■■■■■
■■第一章 明治維新と舞阪■■■■■■
■■■■第一節 近代への道程■■1
■■■■■■前近代の舞阪 幕末期の諸情勢 明治維新■■■■■■
■■■■第二節 廃藩置県後の舞坂■■25
■■■■第三節 明治十年代の舞坂■■38
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■■第二章 舞阪町の誕生と町の発展■■■■■■
■■■■第一節 舞阪町の成立と町の推移■■61
■■■■■■明治大正期の町の動向■■■■■■
■■■■第二節 弁天島海水浴場の開設と町の発展■■83
■■■■第三節 水産業の発展■■108
■■■■■■明治期の水産業 カツオ釣漁業の発達と大正期の漁業
明治・大正期の養殖業 養鰻業の発展
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■■第三章 明治・大正期舞阪の学校教育■■■■■■
■■■■第一節 近代学校の発足と明治十年代の動向■■179
■■■■■■欧化主義から儒教主義へ 教育令公布とその後の推移 舞阪学校の創設
授業形態と教科書 十年代の舞坂学校
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■■■■第二節 明治二・三十年代の動向■■254
■■■■■■「小学校令」改正 教育勅語と御真影 貯金の奨励 日露戦争下の学校■■■■■■
■■■■第三節 明治四十年代と大正デモクラシー期の動向■■306
■■■■■■教育年限の延長と戊申詔書 第一次世界大戦後の教育動向
舞阪学校水泳部発足
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■■第四章 昭和(戦前・戦中)の舞阪■■■■■■
■■■■第一節 概況■■337
■■■■■■戦前期 戦中期■■■■■■
■■■■第二節 町勢概要■■351
■■■■第三節 財政構造■■363
■■■■■■歳入 歳出 予算執行率■■■■■■
■■■■第四節 産業構造と社会構造■■420
■■■■■■漁業 農業 工業(製造業その他の事業所) 商業 観光業 金融業
産業構造と社会構造
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■■第五章 戦前期舞阪の漁業と町民生活■■■■■■
■■■■第一節 漁業技術の展開と造船業■■475
■■■■■■遠州灘の漁業 浜名湖内・湖岸養殖漁業 造船業■■■■■■
■■■■第二節 漁業をとりまく社会状況■■513
■■■■■■「新津高射砲射撃場」問題
「舞阪町漁業組合」から「舞阪町漁業協同組合」へ 「密漁船」問題
地曳網漁業と底曳網シラス漁業との紛争
舞阪漁港改修と浜名湖内魚道浚渫 カキ養殖業の発展
種鰻輸入とウナギ販路拡大 静岡県水産試験場分場舞阪町設置
漁村疲弊救済と漁村金融問題 戦時経済統制の強化
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■■■■第三節 弁天島開発と町民の生活■■582
■■■■■■浜名湖国道橋架設 弁天島観光開発■■■■■■
■■■■第四節 人物誌と文芸■■622
■■■■■■人物誌 文学碑■■■■■■
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■■第六章 戦時下の舞阪■■■■■■
■■■■第一節 翼賛体制下の町民生活■■665
■■■■■■漁業の状況と漁船の徴用
第二弁天地域の開発と弁天島新居町地域地籍変更
国道(東海道)拡幅工事
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■■■■第二節 アジア太平洋戦争下の舞阪■■702
■■■■■■漁業の状態 諸物資不足とくに食糧不足と配給 徴用と動員
アサリ・カキ中毒事件 昭和十九年台風と東南海地震 諸物資供出
空襲と艦砲射撃
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■■■■第三節 戦前・戦中期の教育■■757
■■■■■■昭和期の教育動向 「友情の人形」ヴァイオラ嬢 二宮金次郎像の軌跡
太平洋戦争下の教育
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■■■■第四節 「十五年戦争」における戦没者■■835
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■■第七章 舞阪の民俗■■843
■■■■第一節 舞阪の民俗世界と漁村社会■■845
■■■■■■漁村社会の推移 舞阪のマチと年齢階梯制■■■■■■
■■■■第二節 祭りと祭祀組織■■851
■■■■■■舞阪祭り 祭祀組織と年齢階梯の原理 伝統の維持と時代状況■■■■■■
■■■■第三節 やど(若者宿)と青年団■■879
■■■■■■若者とやど(若者宿) 若者と青年団 やど(若者宿)の推移■■■■■■
■■■■第四節 イエとマチ■■893
■■■■■■本家・分家と親類 イエと地縁 講について マチと世間■■■■■■
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■■終章■■919