浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

合併旧町村史

浜松市 合併町村史

浜北市史 通史 下巻

浜北市史 通史 上巻『浜北市史 通史 下巻』

 浜北市 平成六年



 
  第一章  第二章  第三章  第四章  第五章  第六章  第七章
 


目 次■■ ページ  画像 
序   市長 森島宏光■■■■
発刊によせて    市議会議長  水野 宏■■■■
発刊にあたって   市教育長   渡邊弘之■■■■
凡例■■■■
口絵■■■■
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目次■■■■■■
第一章 明治維新と浜北の村々■■1
■■第一節 明治維新と浜北の人々■■3
■■■■1 遠州報国隊と浜北の神主たち■■3
■■■■■■報国隊結成の前夜■■3
■■■■■■報国隊の結成と浜北の神主たち■■9
■■■■2 浜北の神仏分離とその展開■■19
■■■■■■不動寺の神仏分離■■19
■■■■■■集団的改宗■■29
■■■■■■■■(1)高薗下村の例■■29
■■■■■■■■(2)沼村の例■■36
■■■■3 神道丸山教会中瀬教社の設立と展開■■37
■■■■■■中瀬村教社の設立事情とその展開■■37
■■■■■■■■(1)神道扶桑教について■■41
■■■■■■■■(2)御開山尊師 ―伊藤六郎兵衛―■■43
■■■■■■中瀬教社のその後■■49
■■■■■■中瀬でなぜ丸山教か■■54
  ■■
■■第二節 明治初年の諸改革と市域の村々■■65
■■■■1 静岡藩政と浜北市域■■65
■■■■■■徳川慶喜追討の市域の高札■■65
■■■■■■内野村御役所と三十三ヵ村■■69
■■■■■■浜松郡方役所と郡政役所支配の村々■■73
■■■■■■油一色村の新庄屋忌避■■76
■■■■■■明治二年十一月の打ちこわし■■78
■■■■■■畑方六ヵ村の安石代願い■■84
■■■■2 大区小区制と戸長と民費■■87
■■■■■■大区小区と村々の戸数■■87
■■■■■■市域村々の正副戸長■■92
■■■■■■大小区長と戸長の職掌■■95
■■■■■■高薗村・大平村の民費■■101
■■■■3 地租改正と浜松県民会■■107
■■■■■■地租改正と大平村の半高米納■■107
■■■■■■壬申地券の発行と証印税■■111
■■■■■■横須賀村の下調帳■■113
■■■■■■地租改正と浜松県民会■■118
■■■■■■松島君平起稿の十二大区演舌会案■■125
■■■■■■第十二大区二十九小区会■■130
■■■■4 徴兵令と西南戦争出征者■■132
■■■■5 三新法下の村々と自由民権運動■■136
■■■■■■浜松県の廃止と静岡県の成立■■136
■■■■■■戸長と貴布祢村の戸長役場■■138
■■■■■■油一色・貴布祢村の戸数割等級■■142
■■■■■■県会議員平野又十郎■■145
■■■■■■己卯社と市域の社員■■148
■■■■6 組合連合村制下の村政■■151
■■■■■■市域の組合連合村■■151
■■■■■■善地村外七ヵ村組合連合村予算■■153
■■■■■■松方デフレ下の市域の村々■■159
■■■■■■於呂村の村内誓約書■■164
  ■■
■■第三節 明治初期の勧農と市域の産業■■168
■■■■1 明治初年の市域村々の産物■■168
■■■■■■静岡藩・浜松県の産物調書■■168
■■■■■■皆畑薄地の村々と産物■■169
■■■■■■明治九年の物産取調■■173
■■■■■■年中作物種まきの時期■■176
  ■■
■■第四節 学制頒布と学校教育のはじまり■■179
■■■■1 内野郷学校と温故義塾■■179
■■■■2 「被仰出書」と「学制」の頒布■■183
■■■■3 横田保と「女子教育趣意書」■■190
■■■■4 地域住民と学校建設■■196
■■■■5 学校幹事と学務委員■■200
■■■■6 低かった就学率■■207
■■■■7 豊かになった教育内容■■213
■■■■8 尋常小学校と高等小学校■■218
  ■■
■■第五節 文明開化の地域的発展■■222
■■■■1 文明開化の地域的展開■■222
■■■■■■松島十湖と文明開化■■222
■■■■■■松島十湖のイメージ■■225
■■■■■■松島十湖の官途■■229
■■■■■■松島十湖の実践■■236
■■■■■■松島十湖の演出■■245
  ■■
第二章 町村制施行と日清・日露戦争■■251
■■第一節 新しい村七ヵ村の成立■■253
■■■■1 新しい村々の誕生■■253
■■■■■■七ヵ村の形勢と七ヵ村の村長■■253
■■■■■■竜池村・平貴村の発足時の様子■■258
■■■■■■美島村発足準備と三ヵ村合併願書■■262
■■■■■■紛議をかかえての発足■■267
■■■■2 美島村分離紛議の解決■■268
■■■■■■県知事への分離副伸書■■268
■■■■■■閉校と苔むす校庭■■271
■■■■■■村会の分離決議とその処理■■275
■■■■■■郡長の和解勧告と和解誓約書■■278
■■■■3 憲法発布と村政の展開■■282
■■■■■■大日本帝国憲法の発布■■282
■■■■■■国会開設と第一回総選挙■■284
■■■■■■郡制改革と郡会議員■■285
■■■■■■美島村政と歳出の推移■■288
■■■■■■分離派予算案との比較■■290
■■■■■■村の財政と区の役割■■293
■■■■■■■■(1)美島村の三区■■293
■■■■■■■■(2)竜池村の区設置■■295
■■■■■■■■(3)中瀬村上島区■■297
■■■■■■■■(4)赤佐村於呂区■■298
■■■■4 日清・日露戦争と村々■■299
■■■■■■日清戦争と村々の戦死者■■299
■■■■■■軍用品献納と凱旋軍人歓迎会■■302
■■■■■■日清戦争後の村の財政■■304
■■■■■■日露戦争の勃発■■307
■■■■■■戦地からの元気な便り■■311
■■■■■■召集・応召増える戦死者■■313
■■■■■■在郷軍人会と愛国婦人会■■317
■■■■5 「教育勅語」と「御真影」で変わる学校教育■■319
■■■■6 不足する教員と教員養成■■325
■■■■7 養蚕休業と農繁休業■■331
■■■■8 裁縫科の新設と女子教育の展開■■336
  ■■
■■第二節 遠州四品の開発と養蚕業■■340
■■■■1 浜北地域の経済発展と農業■■340
■■■■2 遠州四品の開発■■344
■■■■3 養蚕の普及と煙草の生産■■356
■■■■■■養蚕業の発達■■356
■■■■■■製糸業の形成■■359
■■■■■■煙草の生産■■359
■■■■4 綿織物の推移■■361
■■■■■■綿紡績業の形成■■361
■■■■■■遠州織物の発展■■362
  ■■
■■第三節 教育の新展開と地域文化■■367
■■■■1 日清・日露戦争と教育■■367
■■■■2 青年夜学会と実業補習学校■■372
■■■■3 上級学校への進学■■378
■■■■4 学校と家庭の結びつき■■382
■■■■5 就学勧誘の努力と就学率の向上■■386
■■■■6 授業料が無料に■■390
■■■■7 学校の統合と分散授業■■394
■■■■8 義務教育が四年から六年へ■■399
■■■■9 地域文化の伝統と発展■■401
■■■■■■松島十湖の俳諧とその門流■■401
■■■■■■■■(1)俳諧西遠吟社の誕生■■401
■■■■■■■■(2)『あと川集』の刊行■■412
■■■■■■発句流行と俳諧結社■■415
■■■■■■二尊堂の移築と顕彰事業■■427
■■■■■■中村政蔵の道統■■429
■■■■■■『俳諧の友』の発行■■437
■■■■■■文芸誌『貴砂良岐』の刊行■■443
■■■■■■松島十湖と二十世紀の俳諧■■444
■■■■■■浜北地域の家宅風致■■453
■■■■■■■■(1)『日本博覧図』の出版目的■■453
■■■■■■■■(2)本書所収の題言と序文■■462
■■■■■■■■(3)掲載邸宅の目次■■465
■■■■■■■■(4)邸宅風景に見える特色■■466
■■■■■■■■■■①高田市三郎家■■467
■■■■■■■■■■②足立慶次郎家■■469
■■■■■■■■■■③横田保・虎治家■■470
■■■■■■■■■■④横田茂平家■■476
■■■■■■■■■■⑤横田定吉家■■482
■■■■■■■■■■⑥袴田勘左衛門家■■487
■■■■■■■■■■⑦赤佐尋常小学校之図■■491
■■■■■■■■■■⑧金刀比羅神社境内全図■■506
■■■■■■■■■■⑨竜宮山巌水寺之全景■■510
■■■■■■■■■■⑩百里園 横田保 製茶場・茶園■■519
  ■■
■■第四節 東海道線の開通と浜北の交通■■530
■■■■1 東海道線の開通■■530
■■■■2 道路網の整備■■535
■■■■3 郵便局■■538
  ■■
■■第五節 商業と金融関係の発達■■540
■■■■1 横田茂兵衛・保兵衛と平野又十郎■■540
■■■■■■横田茂兵衛・保兵衛■■540
■■■■■■平野又十郎■■545
■■■■2 浜北地域の商業■■558
■■■■3 積志講社■■560
■■■■4 西遠銀行への発展■■567
  ■■
第三章 遠州鉄道と日清紡績の進出■■571
■■第一節 明治末期から大正初期の市域の村々■■573
■■■■1 北浜村・小野口村の成立■■573
■■■■■■新しい村誕生の準備■■573
■■■■■■北浜村・小野口村と四ヵ村概観■■576
■■■■■■北浜村発足時の財政事情■■579
■■■■■■貧民救助と貧困児童救護■■582
■■■■2 戊辰詔書と北浜村村是■■585
■■■■■■竜池村善地区の青年余興■■585
■■■■■■竜池村の善行奨励規程■■589
■■■■■■麁玉村の村民心得■■590
■■■■■■北浜村の村是■■595
■■■■3 第一次世界大戦と村の財政■■597
■■■■■■麁玉・中瀬・竜池村の吏員と区長■■597
■■■■■■村の財政推移と村の事業■■599
■■■■■■小野口村・麁玉村の財政比較■■604
■■■■■■第一次世界大戦と村々■■608
  ■■
■■第二節 米騒動と民力涵養運動■■612
■■■■1 竜池・赤佐・北浜・中瀬村の米の廉売■■612
■■■■■■中瀬村・小野口村の財政■■612
■■■■■■米価及び諸物価の暴騰■■615
■■■■■■竜池村・赤佐村の緊急協議■■618
■■■■■■竜池村の廉売規定と赤佐村の米廉売■■623
■■■■■■北浜村・中瀬村の米廉売■■626
■■■■2 北浜村・赤佐村・小野口村の民力涵養■■629
■■■■■■北浜村の民力涵養標語■■629
■■■■■■北浜村の自治改良と諸団体■■633
■■■■■■赤佐村の民力涵養実行要目■■637
■■■■■■小野口村自治会の構成■■640
■■■■3 農業不況と村民の負担■■644
■■■■■■五ヵ村の負担の比較■■644
■■■■■■選挙権の拡大と郡制廃止■■648
■■■■■■第一回国勢調査と村勢要覧■■653
■■■■■■農業不況と小作問題■■657
  ■■
■■第三節 遠州鉄道の設立と発展■■660
■■■■1 浜松鉄道の誕生■■660
■■■■2 遠州電気鉄道の設立■■666
■■■■3 西遠軌道の設立と廃止■■669
■■■■4 遠州鉄道沿線の変貌■■672
  ■■
■■第四節 日清紡績の進出■■676
■■■■1 木俣千代八の誘致運動■■676
■■■■2 北浜村実業協会の設立■■678
■■■■3 日清紡績の開業■■680
■■■■4 地域社会への影響■■682
  ■■
■■第五節 大正デモクラシー期の教育■■689
■■■■1 報徳と教育■■689
■■■■2 貴布祢裁縫塾から北浜実科女学校へ■■693
■■■■3 運動会・遠足そして学芸会■■698
■■■■4 校舎の新築・増築ラッシュ■■702
■■■■5 大正の子どもたちと学校■■705
■■■■6 青年訓練所の開所■■712
  ■■
■■第六節 住民生活の変容■■717
■■■■1 電信・電話と電灯の普及■■717
■■■■■■電信・電話■■717
■■■■■■電灯■■719
■■■■2 青年会活動の展開■■722
■■■■■■『青年雑誌』について■■722
■■■■■■浜北市域の青年会■■739
■■■■■■青年会の活動■■751
■■■■■■青年の叫び■■771
■■■■3 庶民の娯楽■■778
  ■■
第四章 昭和恐慌から十五年戦争へ■■803
■■第一節 昭和恐慌下の浜北の村々■■805
■■■■1 農村不況の深刻化■■805
■■■■■■即位の大礼、山東出兵■■805
■■■■■■繭価暴落と竜池・中瀬村■■808
■■■■■■昭和恐慌下の村の財政■■814
■■■■2 時局匡救事業の実施■■817
■■■■■■実業救済臨時対策と北浜・中瀬村■■817
■■■■■■村々の時局匡救土木事業■■821
■■■■3 市域村々の経済更正運動■■826
■■■■■■麁玉村と竜池村■■826
■■■■■■北浜村の経済更正事業■■829
■■■■■■中瀬村・竜池村の経済更正運動■■831
■■■■4 組合製糸工場の設立■■834
  ■■
■■第二節 十五年戦争と戦時下の村々■■841
■■■■1 満州事変の勃発と村々■■841
■■■■■■事変の勃発と兵器献納金の分担■■841
■■■■■■自力更生と北浜村矯風実行規約■■843
■■■■■■選挙粛正と北浜村振興委員会■■850
■■■■2 戦争の泥沼化と村葬・犒軍費■■853
■■■■■■日華事変と赤佐村の軍事後援■■853
■■■■■■赤佐村於呂区の慰問袋■■856
■■■■■■増大する戦死・戦傷者■■859
■■■■■■北浜村の村葬費と犒軍費■■862
■■■■■■国防献金芳志者名簿■■864
■■■■3 国家総動員法下の市域村々■■867
■■■■■■赤佐村の銃後強化週間■■867
■■■■■■物価統制と配給開始■■873
■■■■■■北浜村の米殻需給協議会■■878
■■■■4 大政翼賛会と紀元二千六百年祭■■881
■■■■■■北浜村の新体制準備■■881
■■■■■■部落会と隣保班■■885
■■■■■■赤佐村の二千六百年祭■■888
■■■■5 太平洋戦争下の生活■■890
■■■■■■アメリカ・イギリスへの宣戦布告■■890
■■■■■■金属の回収と配給統制の強化■■892
■■■■■■戦局の悪化と敗戦■■899
  ■■
■■第三節 二俣線の開通■■903
■■■■1 昭和初期の交通事情■■903
■■■■2 二俣線の開通■■905
  ■■
■■第四節 浜名用水の建設■■910
■■■■1 金原明善の用水計画■■910
■■■■2 浜名用水の完成■■914
  ■■
■■第五節 太平洋戦争下の学校と子どもたち■■920
■■■■1 郷土教育と生活綴方教育運動■■920
■■■■2 昭和のはじめの子どもたち■■924
■■■■3 北浜高女の県立移管問題■■928
■■■■4 軍国主義化する教育■■935
■■■■5 私立北浜幼稚園の開園と農繁期託児所の開設■■941
■■■■6 青年学校の設置および青年団と処女会■■943
■■■■7 日清紡内に松栄女学校■■951
■■■■8 しのびよる戦争と子ども■■952
■■■■9 尋常高等小学校は国民学校へ■■959
■■■■10 子どもたちの「流汗報国」■■964
■■■■11 学徒動員・女子挺身隊■■966
■■■■12 学童疎開と分散授業■■971
■■■■13 昭和前期の国策と教化■■983
■■■■■■中瀬村清水徳重の理想郷■■983
  ■■
第五章 戦後民主化と浜北町の成立■■997
■■第一節 民主化政策の進展と町村政治■■999
■■■■1 敗戦直後の村の政治と財政事情■■999
■■■■■■八月十五日の玉音放送■■999
■■■■■■北浜村会の村会議長選挙■■1003
■■■■■■地方自治法と新しい村政■■1005
■■■■■■猛烈なインフレ下の村の財政■■1009
■■■■■■中瀬村・竜池村の財政事情■■1012
■■■■■■村議会の引揚促進決議■■1014
■■■■2 配給・供出と村民生活■■1017
■■■■■■サツマイモの緊急調査■■1017
■■■■■■野菜や塩・下着までも配給■■1019
■■■■■■横須賀部落の野荒し防止誓約■■1022
■■■■■■主要食糧供出完遂■■1025
■■■■3 経済安定策と食糧増産協議会■■1028
■■■■■■経済安定九原則と織物業者陳情■■1028
■■■■■■抑留同胞救出運動■■1032
■■■■■■北浜村食糧増産協議会■■1035
■■■■4 六ヵ村の合併、北浜町の成立■■1037
■■■■■■竜池村と北浜村の合併■■1037
■■■■■■市制をめざして浜北町の成立■■1040
  ■■
■■第二節 農地改革と農業協同組合■■1045
■■■■1 農地改革の実施■■1045
■■■■2 農林業生産の状況■■1049
■■■■3 開拓農家の苦闘■■1054
■■■■■■辺田原の開墾■■1054
■■■■■■中瀬大平河原の開田■■1057
■■■■4 農業会から農業協同組合へ■■1060
  ■■
■■第三節 経済復興から高度経済成長へ■■1063
■■■■1 紡績と綿織物工場■■1063
■■■■■■織布業の発展■■1063
■■■■■■日清紡績浜松工場■■1074
■■■■2 養蚕業の衰退と県蚕糸中瀬工場■■1076
■■■■■■県蚕糸中瀬工場■■1078
  ■■
■■第四節 消防の変遷■■1079
■■■■1 明治維新と近代消防への歩み■■1079
■■■■■■武家消防の変遷■■1079
■■■■■■町火消の発生■■1082
■■■■■■江戸時代の消防施政■■1084
■■■■■■明治改元と消防組■■1088
■■■■2 県下の消防発展■■1093
■■■■■■民衆と火災予防■■1093
■■■■■■消防組設置■■1098
■■■■■■戦時態勢下の消防■■1109
■■■■3 昭和後期における消防■■1112
■■■■■■自治消防の確立■■1112
■■■■■■行政の変革と消防■■1113
■■■■■■常設消防体制の確立■■1115
■■■■■■予防行政■■1128
■■■■■■火災発生の実態■■1128
■■■■■■救急業務■■1132
  ■■
■■第五節 戦後の諸改革と教育■■1137
■■■■1 戦後教育の出発と墨ぬり教科書■■1137
■■■■2 六・三制の発足と新制中学校の建設■■1142
■■■■3 託児所から幼稚園へ■■1152
■■■■4 分校・分教場の廃止と学校の統廃合■■1157
■■■■5 県立浜名高等女学校から県立浜名高等学校へ■■1161
  ■■
第六章 浜北市の誕生と発展■■1165
■■第一節 躍進する浜北市■■1167
■■■■1 市制施行■■1167
■■■■■■浜北市の誕生■■1167
■■■■■■市行政のしくみとはたらき■■1169
■■■■■■市の財政■■1171
  ■■
■■第二節 八万都市浜北の軌跡■■1173
■■■■1 人口の増加■■1173
■■■■■■人口の推移■■1173
■■■■■■年齢別人口構成■■1176
■■■■■■産業別人口■■1178
■■■■2 浜北大橋の開通■■1179
■■■■3 道路網の整備■■1182
■■■■4 文化施設の充実■■1184
  ■■
■■第三節 義務教育学校の増設と浜北西高等学校■■1188
■■■■1 給食センターと養護学校の開設■■1188
■■■■2 県立浜北西高等学校の開校■■1194
■■■■3 生涯学習モデル市町村の指定■■1195
■■■■4 戦後の文化活動の発展■■1196
■■■■■■文化教会の設立と発展■■1196
■■■■■■体育協会の設立と発展■■1199
  ■■
■■第四節 万葉の森公園と県立森林公園■■1200
■■■■1 万葉の森公園■■1200
■■■■■■浜北で詠まれた万葉歌四首■■1200
■■■■■■浜北で詠まれた万葉歌四首の問題■■1204
■■■■■■防人歌について■■1211
■■■■■■万葉の森公園■■1215
■■■■2 県立森林公園■■1229
■■■■■■県立森林公園への道程■■1229
■■■■■■県立森林公園のあらまし■■1232
■■■■■■浜北市観光施設整備計画の概要■■1237
  ■■
■■第五節 産業構造の変化■■1243
■■■■1 農業経営の合理化と多角化■■1243
■■■■2 植木産業の発達■■1257
■■■■3 進む都市化と工業化■■1260
■■■■■■都市化の進展■■1260
■■■■■■工業の発展■■1265
■■■■■■テクノポリス構想■■1270
■■■■4 商業の発展■■1273
  ■■
第七章 浜北の二十一世紀ビジョンを考える■■1279
■■■■1 浜北市の二十一世紀への胎動■■1281
■■■■2 浜北ICの設置と浜北市の活性化■■1289
■■■■■■(1)浜北市の土地利用■■1291
■■■■■■(2)天竜川・森林公園と歴史・文化の遺産■■1292
■■■■3 浜北駅前市街地再開発事業■■1299
■■■■4 学校教育の充実と発展■■1301
  ■■
編集後記    監修者 若林淳之■■1305
浜北市史編さん関係者名簿■■1308