浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

浜松市史 三

第三章 町制の施行と浜松町の発展

第三節 近代産業の勃興

第二項 商業

市場の発達

 【木戸市場】青物市場 浜松宿の東はづれの向宿村木戸(現在当市木戸町)にあった。浜松宿野菜の供給地(芳川方面)にも近く、東海道と掛塚街道の交差点にあたり、交通の便がよかったので慶応年間(一八六五-一八六七)すでに市場が立ち、浜松の八百屋組(代表浜松宿成子坂町八百庄)と生産者側(総代西伝寺広野増吉)との間に紛争があったと伝えられている。定設市場の議がもちあがったのは、明治三十九年十一月であった。【新町市場】このとき浜松の商人側は新町の北裏に三反歩の土地を購入して浜松宿内に市場を誘致しようとし、生産者側は出荷に便な木戸市場の継続を主張し、かえって市場拡張の挙に出てこれに対抗した。木戸市場新町市場との紛争は一か年にわたったが、浜名郡長・浜松警察署長の仲裁で、市場は従前通り木戸におくこととして四十一年十二月解決した。【商人側組合 生産者側組合】商人側は浜松蔬菜果物商組合を、生産者側は丸百生産組合(大正五年産業組合法により設立。組合員は天神町曳馬・蒲・和田・飯田芳川・白脇・河輪・五島村に及んでいる)を組織し、円滑に運営が行なわれるようになった。なお他府県生産地よりの委託品は、同市場内に別に設立された浜松蔬菜果実委託株式会社で取扱うようになったのは、大正十年四月からであった(井村正司『浜松の青果市場沿革のあらまし』。大塚章司『喜寿格子』)。