浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

浜松市史 三

第三章 町制の施行と浜松町の発展

第三節 近代産業の勃興

第一項 金融機関

第二十八国立銀行

 国立銀行の浜松誘致は、気賀林気賀半十郎横田保青山宙平(磐田郡中泉村、磐田豊田山名郡長、明治四十二年没、九十三歳)に井上延陵小林年保(下野国日光出身、浜松在住、のち静岡第三十五国立銀行頭取)の士族を加えた六名によって計画され、九年改正国立銀行条例にしたがって創立願を提出し、十年十月十八日「第二十八国立銀行」の名称を受け設立の免許をうけた。【井上延陵】頭取は士族の井上延陵、最高出資者の平民気賀林は副頭取であった。所在地は浜松伝馬町一〇番地、総資本金は二十万円、許可された発行紙幣高は十六万円で、出資者総数は三百二十八名であった。出資者の内訳は、士族が二百六十三名で平民は六十五名、士族が八割を占めていた。【士族救済】士族の応募の多いのは、国立銀行設立の内情には士族に自活の道を与えるために金禄公債を発行し、これを抵当として紙幣発行の特権をもつ国立銀行を設立しようとした含みがあったからであった。したがって出資額も士族が十万一千八百円、平民は九万八千二百円の予定であったが、士族の出資金にはまだ下付されていない金禄公債八万円が見込まれていたので、これを差引き金十二万円(士族二万一八〇〇円、平民九万八二〇〇円)を資本金として出発することになった。左表は三十株(一株一〇〇円)以上の持主である。
 

 
年次季別資本金株主数
明治122089
20188
明治15
30245
明治2130286
266