浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

浜松市史 三

近代編

第二章 近代浜松の基礎

第四節 社会と文化

第八項 明治前期の宗教

神社制度の整備

 つぎに神社明細帳に洩れた神社であるが、これは整理統合と定まり、明治五年から明治九年ごろの間に移転、合祀が進められた。しかし、合祀廃寺が進められた背景には、その跡地や建物の利用に学制施行などの問題もからんでいたのもみのがせない(『雄踏町誌資料編四』)。【池川神社】こうして、この時期にその地域内の山野や路傍に数多く散在している神祠仏堂(例えば塞神の祠とか地蔵堂など)は、最寄の社寺へ合併移転させられ、このとき合併移転をまぬがれた屋敷神の中で、のちにその町の氏神となったものに池川家の屋敷神であった上池川町の池川神社がある。浜松地方でも地元でまつる秋葉の常夜燈などが残るのみとなって、道ばたの石仏のほとんどは姿を消した。【須倍神社 賀茂神社 松尾神社須倍神社は村内の六十九社を、賀茂神社(東伊場)は十社を合わせ、また松尾神社には天神社(七軒町上新町氏神)と愛宕社(成子坂山にあり、浜松城の鎮護神)とが、神明宮(三組町)には白山社(元魚町)および稲荷社(浜松城内花畑にあり、城主崇奉の社)などが合祀されている。なお八幡宮(中沢町字勝坂下)は常楽寺の、六社神社(入野町本所)は龍雲寺の、日枝神社(元広沢町字古新)は普済寺守護神であった。