浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

浜松市史 三

近代編

第二章 近代浜松の基礎

第四節 社会と文化

第三項 士族と平民

記憶に残る士族たち

 また浜松藩政改革の主唱者で、かねてから閉門となっていた岡村黙之助義理(『浜松市史二』)は藩主国替のさい赦免となったが浜松にとどまり、四つ池の屋敷に晩年を送り明治六年七月七十二歳で没している。残った妻女寿江四つ池で十九年九月死去している。義理の長男で飯島家を継いだ新三郎の子魁(いさお)は浜松で生まれ幼名幡之助といい明治十一年東京大学で動物学を専攻し二十四年に理学博士に(大正十年六月没、六十二歳)、義理の次男貞二郎義昌(明治三十九年没、七十六歳)の子輝彦は法学博士、その弟竜彦は医学博士に、妹光は原嘉道の妻女となっている(『岡村父祖事蹟』)。輝彦は鶴舞藩より貢進生として勉学し、のちに英吉利法律学校を創立した人である(唐沢富太郎『貢進士』)。飯島家の菩提寺常楽寺(当市中沢町)で、岡村家の墓は四つ池にあった(大正二年『曳馬村誌』)。