浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

浜松市史 三

近代編

第二章 近代浜松の基礎

第一節 浜松県から静岡県へ

第五項 浜松県の地租改正

遠江国の改租問題

 【九年六月】明治九年六月、浜松県令(林厚徳)は改租完了時の約束にもとづき県民会の開設を布達し、県庁に民会係(足立孫六ほか)をおいてその組織を検討させた。【玄忠寺】七月に入り、浜松田町の玄忠寺で県下の小区長会が開催され、青山宙平丸尾文六(城東郡池新田村)・気賀半十郎ら三人の幹事を中心に民会議員の選挙規則が審議され、ここに浜松県民会設立方法が定められた。それによると、先ず各小区(全八〇)ごとに人民が小区会議員(二〇名)を直接選挙する(この選挙権・被選挙権の要件については公選主義が徹底していたといえる)。次に小区会ごとに小区会議員が正副議長を互選し、この正副議長は大区会議員を兼ねることとし、さらに正議長は県会議員(八〇名)をも兼ねることになっていた。【小区会 大区会 県会】このように有機的に連係されていた小区会・大区会・県会という三重構造の議会を総合して民会と呼んだのである。次にこの規定で選出された最初の県会議員のうち第一大区の氏名を記す。いずれも当時の名望資産家の類であり、人材であった(前表参照)。
 
第一大区の県会議員名

(増田潔「浜松県公撰民会覚書」『静岡大学浜松分校研究所年報第六集』)