浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

浜松市史 ニ

第七章 文化の興隆

第一節 寺院と神社

浜松の神社

 つぎに浜松城下の神社について記す。
 五社明神社(当市利町五社神社諏訪神社)創立年代不詳。祭神は太玉命(ふとだまのみこと)・武雷命(たけいかつちのみこと)・斎主命(いわいぬしのみこと)・天児屋根命(あめのこやねのみこと)・姫大神(ひめおおかみ)の五座という(『静岡県神社志』)。もとは浜松城内にあったが、天正七年(一五七九)秀忠が浜松に生まれると「台徳院殿依為御降誕所之神」(延宝三年棟札)として、天正八年七月常寒山(当市利町)に奉遷した。ついで安藤対馬守(重信)が奉行となって元和元年(一六一五)の霜月に上棟(元和元年棟札)造営が成ったが、そののち浜松城高力忠房が奉行となって新規築造にとりかかり、寛永十八年になって竣工した(寛永十八年棟札。戦災で焼失)。朱印三百石。神官は代々森氏の世襲で、例祭は四月四日であった(現在は五月四日)。杉山(当市利町、現在の市民会館の前)では延宝四年九月まで三年に一回ずつ能楽が行なわれ(『旅籠町平右衛門記録』)、城内には後宮(あとみや)がまつられその拝礼は例年二月初午の日であったという(『御城内五社御旧跡拝礼覚』)。