浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

浜松市史 ニ

第七章 文化の興隆

第一節 寺院と神社

幕府の宗教統制と仏教政策

 さらに寛文十一年にいたって法制化されたのが宗旨人別帳の作製である。これは時期を定めて戸ごとにその姓名・宗旨・性別・年齢等を調査して提出させたものである(青山藩時代には、これを取扱う役人の宅が後道にあった)。「嘉永二年三月宗旨田町並五人組人別御改帳」(『林文書』)によると、「御制禁宗門浜松町中之者共常々堅相守申候」と冒頭にあり、田町居住の曹洞宗檀家三十九軒男女百四十六人(内男七十三人、女七十三人)と下人十三人(男九人、女四人)合計百五十九人につき調査し、檀那寺(天林寺西来院宗源院・万福寺等)が誤りなき旨を証明し、庄屋も副判をしている。前ページにその書式例を示した(女房の名を記入しないのが通例であった)。これは戸籍簿に類するものだといえよう。

浜松田町宗旨改帳(引佐郡細江町 林岱雲氏蔵)

禅宗曹洞派池川村天林寺庄屋 伊兵衛
      年五十二
 同断   女房 
      年四十三
 同断 養子 亀七 
      年二十三
 同断 亀七 女房 
      年十八
 同断 女子 こと 
      年三ツ
 禅宗臨済派木船村長泉寺 下男 由兵衛 
 住持証文取置申候   年三十
 同宗堀江村安浦寺住持 下女 つな 
 証文取置申候   年十八
禅宗曹洞派板屋町南能庵市左衛門組 五助
      年三十四
 同断   女房 
      年三十一
 同断 男子 安太郎 
      年八ツ
 同断 女子 よじ 
      年十一