浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

浜松市史 ニ

第四章 浜松藩の確立

第四節 藩制の展開

藩主の生活および領民との接触

 享保六年に将軍吉宗が民情を知る一端として評定所の門前に目安箱を設置したことは有名であるが、享保二十年二月浜松藩主(松平氏)もこれを実施した。【大手前 訴状形式】すなわち、向後毎月十一日、二十一日に大手前使者取次所のあたりに明六ツ時(午前六時ごろ)から昼九ツ時(十二時ごろ)まで箱を出しておくから、仕置筋については納得のいくことがらであること、諸役人をはじめ私曲非分があったとき、訴訟が延滞していることなどがあったら訴状を入れよ、しかし私の怨恨をはらすためであったり、人から依頼をうけたりしてはいけない、とくに署名・住所のないものはとりあげないというもので、その書状形式が記されている。
 
【訴状内容】「当二月殿様ゟ御書付書左之通
 惣而領分之事、手広之義に而末々ニ至ル之者間違等も難計候条、向後毎月十一日廿一日大手前使者取次処之辺ニ明六ツ時ゟ昼九ツ時迄之内、箱出シ置候間、左ニ記シ置候趣之義有之候ハヽ、領分之者書付入可申候、若他領者書付入候ハヽ不依何事ニ決而取上ケ間敷候、
 箱ニ可入趣左之通
 一仕置筋之儀ニ付為ニ可成品之事
 一諸役人を初私曲ひふんの事
 一訴訟有之時、役人不遂詮儀を、永々捨置においては訴訟可入旨相断候上可入事
 一自分〻〻之為ニ宜敷義、あるひハ私之いこんを以人之悪敷事申間敷候 一不依何事自分たしかに不知義を人にたのまれ訴状入間敷事
 一訴訟等之義、其筋〻之役所へいまた不申出内、或ハさいきょ等未済内此両様訴状入間敷事
 一惣而ありていを不申、取つくろいきょせつ書のせ間敷事
 一訴状之内ニ名并所付無之ハ取上ケ間敷事
 右之通定之外取上なし、かき物はやきすつへし、尤たくみ事の品によりて罪科に可行者也
   享保二十乙卯年 月 日
 右之通被仰出候間写置御書付之趣惣百姓共ヘ可申渡候、尤形之通封シ入べし
     二月二日            遠藤万助
                     鈴木卯兵衛
                     福岡段右衛門
                     関牧右衛門
  【年行事】只今迄大手筋ヘ出候御箱自今年行事米売場外西ノ方ニ出シ候間左様ニ相心得可申候与追テ御触廻ル」
 
                      (『下大瀬村年代記』)

[書状]