浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

浜松市史 一

中世編

第四章 室町時代

第五節 宗教と文化

宗教

 【華蔵】応永の末、肥後(熊本県)大慈寺からきた華蔵義曇(けぞうぎどん)(一三七五-一四五五)は、引馬城主吉良氏代官にもとめられ、浜松荘普済寺に入り、恕仲天誾が民衆的であるのと対照的に、はなばなしい第一歩をふみだした。そして西部遠江に普済寺十三派五百余寺(前頁一覧表参照、普済寺文書)をあげて、三河・尾張方面に教線をひろげて、真言宗を圧倒した。【新豊院 天林寺 西来院 宗源院】その門下で新豊院(当市砂山町)透翁義能(とうおうぎのう)らは、西遠に進出した。また潔堂義俊が開山の天林寺、月窓義運の開いた西来院、在天弘運を開山とする宗源院など、普済寺派の寺院が、この時代に開かれた(鈴木泰山『禅宗の地方発展』)。
 吉良義真は、普済寺二代の住持華蔵義曇のとき、来迎寺領(当市新町に来迎寺前の小字がある)を寄付した。【曹源院】のちに弘治二年(一五五六)今川義元は、在天和尚が曹源院(当市蜆塚町宗源院)を建立した労功に対し、来迎寺領を寄進している(「宗源院文書」『浜松市史史料編三』所収)。
 
 【天翁義一】なお天翁義一は、永享(一四二九-一四四〇)・嘉吉(一四四一-一四四三)のころに真言宗福王寺を復興し曹洞宗に改め、大洞院とむすんで活躍した。【金剛寺】また今浦山(こんぽざん)金剛寺(磐田市見付)は由緒のたしかな寺である。

華蔵義曇墓(浜松市砂山町 新豊院)

 
(表)普済寺 13派
普済寺 13派
1誓海派(誓海義本)円通寺尾州熱田
2利山派(利山義聰)楞厳寺三州刈谷
3透翁派(透翁義能)新豊院遠州寺島村(浜松市砂山町)
4天磵派(天磵義倫)竜泉寺遠州上飯田村(浜松市飯田町)
5竜沢派(竜沢永源)万松寺三州滝村
6東海派(東海義易)妙厳寺三州豊川
7鶏岳派(鶏岳永金)宝鏡寺甲州郡内都留郡
8天翁派(天翁義一)福王寺遠州見附
9南嶺派(南嶺義薫)法蔵寺三州高松
10命天派(命天慶受)宿芦寺遠州堀江村(浜松市庄内町)
11潔堂派(潔堂義俊)天林寺遠州池川村(浜松市下池川町)
常光寺三州渥美郡堀切村
12月窓派(月窓義運)西来院遠州富塚村(浜松市広沢町)
13在天派(在天弘運)宗源院遠州入野村(浜松市蜆塚町)