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 現代訳

 
 
<翻 刻>
 
管理番号 七五
 
間家史料番号 六五
 
1     画像(翻刻付)

 
□□
三□□トニカク忠義ハアト先見不ノ不両間□(陰隙?)実賀有
     乍恐奉申上候
   方今之御時勢不容易候[秋 ニ]付於
             候処連々之御不如意ニ而
   御上も深く御心痛被遊御軍用米御戒(戎)器等御備向
   御一手ニ而難被為遊旨ニ付 御知行所●一般江右両様
   調達方被 仰聞度被 思召周旋方被
   仰付候ニ付 御入用高拝見仕候処惣高金
   七千両余ニ相成御手狭之御知行ニ而者迚も
   十分之御手当向難出来仕哉之以管見
 
2     画像(翻刻付)

 
   下[札 ヶ]ニ存慮献言仕候処炭薪云々と申
   段ニ而御理解 被 仰[聞 候]ハ[家中 御奉公]向御繁
   多且者是迄[御扶持方 八分]御借上等ニ而御家中一統
   御困窮御自分之御事さへ御行届不被遊候
   儀ニ而此上[御入用 と]鉛硝石代御調之分五百両者
   調達可取計旨御諭被遊御尤ニハ奉存候
   得共 村々おゐても
   和宮様御下[降 ●]已来 御用御通行繁く
殊更当春以来御上洛御用并御新政ニ而諸侯奥方国邑江御帰其外数々之
   課役等ニ苦之今日可也渡世仕候者者
   宿村江取替金繁多有之候得共返金無之仍而
   御百性上下とも困窮心痛罷有候
   付当年之儀ハ如何様共御用向難相勤[至 候半哉]
   明年ニ成行被遊調達被 仰聞候様仕度
   奉存候
 
3     画像(翻刻付)

 
   別段御理解被 仰聞候ニハ被促
   鳳輦御親征被遊度趣ニ付既ニ[十六日 一昨夜]米沢
   侯[家中 早駕籠]等も下向ニ付而者旦夕ニ迫り御用
   途顕然と相見候ニ付使之難被遊取頻(シキツ)而
   調達金[御囲米 可仕]周旋[可仕 旨]御懇諭ニ付而者一同
   申諭之上御答可申上旨ニ而昨夜退参仕終
   夜愚考仕候簾々恐多儀ニ付難申上候
   ニ付差扣可申候処方今之御時勢ニ付不憚
   忌憚言上可仕旨兼而被 仰聞候ニ付乍
   恐献言仕候
 一 天明已来御百性より追々調達仕候金子ハ
   御軍用ニも不相成只今日偸安驕奢之御為■
   己而(而巳)相成(ニ而)反而御習弊と相成何事かと申
   候と直ニ御用金調達金等被 仰付
 
4     画像(翻刻付)

 
   愚昧之小民ニ格(式)等給り候儀所謂
   褧収斂之段之所業尓似而御仁政とハ不奉
   存候随而此度之調達迚も乍恐是ニ而
   十分之[御手当 備]ニハ難相成若連年乱世相続
   候ハゝ此上ニも御用金ハ目前と[奉恐察 相見]■候
   幸ニして太平と相成候ハゝ又驕奢之御種
   之[ニ而 ■]御習弊と相成可申哉奉恐察候
   愚民 小民とハ乍申銘々御百姓共之儀
 乍恐御地頭[様御預 之]御百姓ニ而■元より御民[者 ■]
   忝くも
   大君之御民ニ候得ハ私之驕奢之ため
   ニ金銀米銭貪被遊候而者
   神慮如何可有之哉平生御賢考
   被為有度之奉存候今計之儀ハ不申上候
 
5     画像(翻刻付)

 
   とも素より御承知被遊候御儀とハ奉
   存候得共是迄之御仕来を奉恐察候
   得ハ御心付無之哉とも奉存候間奉驚候
   右者見越之訳ニ相当り実以奉恐懼候
   条々ニ者候得共実以
   御親征御助援之御為ニ候ハゝ此度之
   御用途者勿論連々乱世相成候とも
   尽身力御奉公可仕と奉存候確証と
   して一 二ヶ条左ニ奉申上候
 一 長右衛門より当春尾州田宮氏迄
   上書仕候通り
   御上ニ而御親兵御勤[被為遊 相成]候ハゝ一同大慶奉存候
   勿論[長右衛門儀 平生]之談話ニも勤
   王之二字不離口ニ候而既ニ具足も用意罷在候
 
6     画像(翻刻付)

 
          一己之存慮有之趣ニ候得共事成候上ならては
          誓而他言不仕旨平生申居候
 一 九郎兵衛平生被申条ニ有志之者
   申合せめて千両金相贈り置
  天子之御用ニ先々相備申度既同(有)
   志之者江も内々進(勧)居候
 一 嘉兵衛平生申候ニハ自分儀ハ何程金銀
   相貯候とも
   御地頭所御勝手向御不如意候[被為遊上 而]者無
   [詮 詮]之儀ニ付何卒七千両之金子者封
   印付置御一大事之節者上納仕度
   平生必愚自分ニハ召仕ひ候下女下男
   等も節倹ニ相暮候
  不成数者ニ候得とも私
 一 半兵衛儀者勝手不如意[ニ付 候得共]別段之
   余金相貯候ハゝ聊たりとも自分之身
   ニハ不付御軍用[として 米]も郷蔵ニ積置御用
 
7     画像(翻刻付)

 
   ニ相備申度奉存候内横浜交易ニハ利
   潤可有之由承り利を[得候ハゝ御用相備度奉存 貪ためニ]両度
出張仕候得共不幸ニ而五百金程弁金○[取立疾苦之上世間之 相成]笑種ニハ
   相成居候[併 得共] 此上ニも御用之節
   ハと奉存■乍少々安政巳(度)年九月
   六日より為
   御国恩■(毎)日々積銭仕置候
   此外ニも口外ハ不致候得共七兵衛ハ篤志之者
   ニ付時宜ニ寄過分之調達可仕と奉存候
   右之外杢右衛門傳兵衛治兵衛 西方御世話人共
   も覚悟可有之候若相背候者於有之
   ハ可蒙天罪可[奉察 申]候
   右者私共見込之通御重役様方御家中
   御一同御得篤被下置 弥
 
8     画像(翻刻付)

 
   御[出陣 親兵]と御治定相成候ハゝ御用途金
   ハ勿論御供願出候者も数多可有之候
   当春已来ハ人気格別ニ引立罷在候間
   是迄之偸安因循之御旧弊御改革
   ニ相成尽身報
   国之思召ニ而御上御一人死を御極被為
   遊候ハゝ御家来御領民者網目之如くと奉
   恐察候 以管見御上様之儀を御非謗
   奉申上候様ニ相見実以潜越之段御恐
   入候得共宜御海容被下置候ハゝ難
   有仕合可奉存候 謹上
      八月十八日   間半兵衛
       石  小一兵衛様
 
9     画像(翻刻付)

 
      上州への客在高瀬村名主新居又太郎
 むすくさの露となりしそ大君の
 へにしあう受は君よ命を  守村
 京橋者梅田源二郎 戊午
 君か代を勅ふ心のすち尓我身ともおもハさりけり
 妻臥病床児叫飢丹心誓欲鉄夷
 今朝死別兼生別只有皇天后士知
(下段から横書き)
 すべて田舎者の京へ登る越上
 京とも上洛ともいふ然るを或田
 舎者の登る尓限り上洛といふ
 事尓なりたるハ寛永頃よりの事
 にて其唱ひ方所によりてゴシヤウ
 ラク共ゴジヤウラク共いふ或田舎人
 のいふを聞けバ
      或田舎者始譜代輩ハ
        御城落
      外様の御大名表向ハ立派
      なれども内々ハ
        御省略
      寺々ハ旅宿ニかして
      経もよまず尓
        和尚楽
      内奸外夷を払って
      一度ハさわがしいけれど
        後世楽
      どうぞ一日も早くと
      諸有志の願ふ
        御所楽
 
三貫目 但 代金百五拾両見込新調鋳筒弐挺
新調参拾振
陣刀    代金三百両 但壱振ニ付拾両見込
鉄炮 小道具胴乱早合
   皮袋其外諸雑用
   代金弐百両
新調
長柄槍修覆料代金三拾両三拾筋
 但壱筋ニ付壱両ツゝ見込
穂御有合長柄槍代金七両弐分五筋新調
 但壱筋壱両弐分ツゝ見込
戒(戎)刀   代金■百両程百腰
 但壱腰壱両ツゝ見込


 
11     画像(翻刻付)

 
 一硫石    代金五拾両     弐百貫目
 一鉛     代金弐百両程    弐百貫目
 一硝石    代金五拾両程
 〆金子八拾七両弐分
 右之通当座御入用分献金
 一御囲米代金六千両        五ヶ年無利息御借居
   合 金七千両余
 
12     画像(翻刻付)

 
(付紙)
大炮御鋳立之儀先般
勅諚を以被   仰出候御趣意も有之間木曽地御知行所
寺院之梵鐘御取上ケ相成炭薪等ハ御役人様御始山
野ニ而御材出し鋳物師御雇入御鋳立相成候ハゝ金銀御費用
無之却而精造御出来可相成奉存候
陣刀御貸渡之儀御無用被遊度候唯今より御家中御所持之陣刀御改
若鈍刀之方々ハ急度被 仰付御仕替被 仰出候ハゝ御銘々
御心懸有之御貸渡不及義奉存候
鉄炮小道具類ハ職人江不被 仰付候共御家中一般ニ被 仰付
其御得意々々ニ任せ御仕立相成候ハゝ御軍用ニハ間ニ合可申
職人共 被仰付候てハ表ニ美を飾御実用ニハ不相成与奉存候
御長柄ハ元来御身分之方ニ御所持之品ニも無之畢竟騎兵
なと不駈入迄之御御軍用与承候間桧松木式樫三ツメ
等を以 成丈 手丈夫ニ御仕立被成度是も職人江被 仰付
候てハ造り木等ニ而潤色ニ仕立御実用不相成故御抱之御大工
被 仰付桧松ハ枝打皮□(剥)候上其余ハ太ク質朴ニ御仕立
御製造相成候様仕度候
歩役之者共戎刀之儀ハ其節銘々江被 仰付候様仕度候
 
13     画像(翻刻付)

 
 (付紙)
鉛硫石ハ御物成之潤沢を以年々御用意被遊度候
硝石ハ御手製相成候品ニ付年々御家中御閑暇を以御製
造被遊度候右等之御課役御家中御迷惑ニも可有之候間
御手元御始御節倹被 仰出諸御番向御役所向御人減
相成御軍用御製造 且 箕笠草鞋等迄御一同為御造
被成候様仕度候
 
御囲米之儀御返済ニハ不及候間有志之輩へ被 仰付其場
所々々江為御囲被遊度候乍去上下一体ニ而社倉寺被
思召籾る々御仕替隔年ニ御役所庄屋并有志之者立合
詰替被 仰付
上ニおゐてハ
官軍御催促之御兵糧下ニ而ハ凶年飢歳之節窮民扶
喰之外ハ一切御取用無之様仕度候
 
 

現代訳

 
 (綴じ代記入の文字)
 三■■トニカク忠義ハアト先見不ノ不両間陰実賀有
 
  恐れながら申し上げます。(七千両調達方について断りの文書)
 このところの時勢は容易でない状況である。
 殿様も心を痛めておられる。軍用米や武備などの備え方は容易でないことから、支配地内の者に向けてこれらを調達するように仰付られた。その入用額をみると、七千両とあり、狭い支配地内では十分のお手配が出来るものではないと思われる。
 書付に思いを申上げ、炭・薪云々と申しているのは聞いておられるようですが、忙しくこれまで扶持八人分では御家中困窮自分の身の周りの事も行届きかねております。
 此の上に、御入用金として鉛硝石代五百両を用意せよとの事は事情はわかりますが、村々においても和宮様の御下降以来、御用の御通行も多く、その負担に難渋をしています。
 とくにこの春以来、御上洛や御新政によって諸国の奥方がお帰りになることが多く、課役が増えて苦しい生活をしています。
 宿元や村の取替金も多くありますが、返金してもらえず百姓村の民一同困窮し心を痛めております。
 ついては、今年はご要請に応えることはできません。
 来年は成り行きにより、資金の要請があれば話を聞かせてもらうことにします。
 別にお聞きする事によれば、朝廷の軍勢が通行されるとの話につき、一昨日の十六日夜、米沢様の家中駕籠も江戸に向かわれるについては、目前に迫り御用を申付けられるのは明らかであり、度々の調達金、御囲米の周旋するようにとのお話の向きについては一同にその旨を伝え、お答え申上げるように昨夜来考えております。
 (二文字消し)大変恐れ多い儀につき、申上げにくい事ですので差し控えております。
 今の時勢に構うことなく正直に申上げる旨、兼ねて聞いておりますので恐れながら意見を申上げます。
一 天明以来、お百姓より追々調達しましたお金は、軍用にも使用されず只安楽おごりの生活にのみなって、かえって旧習幣の助長になっており、何事かと無知の民に格式を与えられることは、あたかも税の取集の仕事に似て、民をうるおす政治とはおもわれません。
 従って今度の取立も、恐れながら今のままにて充分の準備にはなりません。
 もし続いて乱れた世の中が続けば、この上に御用金が必要となります。
 幸いにも平和に過ぎることになれば、又おごる世になる巷には古い習わしに戻る事と察しています。
 無知の民でございますので、それぞれ百姓は領主様の百姓でございますが、元より帝の民ですので、私事のおごりの為に金銀米銭をむさぼる事は神の思量はどうあるべきか常にお考えになられると思っています。
 この計りのことは申し上げません。
 元よりご承知のことと存じますが、是までの仕来りをもお察しいたしますと、心付けはなかったとも解り驚いております。
 以上の事を見越す訳に当面し、恐れ入っております。
 朝廷勢の援助の為ですので、今度の御用金は、乱世が続くことになっても身と力を尽くすご奉公をいたすべく、証拠として二つの事を申上げます。
一 長右衛門よりこの春尾州田宮氏まで文書でお知らせしたとおり、領主として朝廷の親兵として御勤め下されば一同大慶に存じます。
 長右衛門はいつもの話として、勤皇の二字を口にして既に具足をも用意しております。
一 私の思っている事ですが、事が成就できなければ、誓って他に漏らすことのないように常日頃申しております。
(四行消し)
一 嘉兵衛が常日頃申しているには、自分はどれほど金銀を貯えても領主の勝手向きが足りなくなられても仕方の無いことで、どうか七千両の金は封印しておき、一大事の時に上納するように、一生懸命自分に仕える下男下女も節約して暮らしております。
一 半兵衛は勝手向きは不都合ですが、別に余金を貯えており、少したりとも自分の事には用いず、軍用米として郷蔵に積込み保管し御用に備へ度思っています。
 中でも横浜の交易では利益があったと聞いており、御用に備えたく思っています。
 利益の取立に二度ほど出張しましたが不調に終わり、五百両程取立に難儀な上に、世間の笑いくさになっております。
 併せて此の上、御用金の入用の時は少々ながらと思っています。
 安政四年九月六日より国恩の為に積立金をしています。
(二行消し)
 右の外、杢右衛門、傳兵衛、治兵衛、西方世話人の人々も覚悟しております。若し違背する者があれば、天罪があるものと思っています。
 右は私共の見込みの通り御重役家中一同篤と会得されている。
 いよいよ(二文字消し)親兵としてお決まりになれば、御用金は勿論、御供を志願する者も多く出てくるでしょう。
 此の春以来に人の引き立てあるようお願いします。
 これまでの安易な旧弊を改めるように尽くせば、国の思し召しに一致して一人死を覚悟なされば、家来にも領民はみんな協力することでしょう。
 誠に恐れながら御殿様にぶしつけなことを申し上げましたが、ご寛容にされ許して頂きたいと存じます。
    (文久三年)八月十八日   間 半兵衛(秀矩)
          石(作) 小一兵衛 様
 
(付紙)
     上州への客 田舎の高瀬村の名主新居又太郎
 むすくさの露となりしそ 大君の へにしあう受は 君よ命を   守村
 京橋は梅田源二郎 戊午
 君か代を勅ふ 心のすち尓 我身ともおもハさりけり
 妻臥病床児飢丹心誓欲鉄夷
(妻が病に臥せ子が飢えるとも赤心をもって誓う)
 今朝死別兼生別只有皇天后土知
(今朝死するか生き別れるかは ただ天の神と地の神の知るところである)
 
 すべて田舎者が京へ上るを上京とも上洛ともいうが、ある田舎者が上がる限りは上洛と言うことになるのは、寛永の時代頃よりだから、その唱え方は所によって、ゴショウラクともゴジョウラクとも言う。田舎者の人の言うを聞くと、
    或田舎者徳川はじめ譜代の家臣達は、
      御城落
    外様の大名は表向き立派であるが内々は、
      御省略
    寺などは宿に貸してお経も読まず、
      和尚楽
    内外の敵を追い払えばその時は騒がしいが、
      後世楽
    どうか一日も早く諸国有志の願っている、
      御所楽
 
三貫目 但代金百五拾両の見込新たに大砲二挺
陣刀(軍刀)代金三百両 但 一振拾両の見込新たに三十振
鉄砲 小道具類も含めて代金弐百両新調
長柄(ながえ)槍の修理代金 三拾両 但三十筋
壱筋ニ付壱両
穂御有合長柄槍代金七両弐分五筋新調
壱筋壱両弐分づつの見込
戒刀(かいとう)代金百両程百腰
壱腰壱両づつ筒見込
硫石(イオウ)代金五拾両弐百貫目
代金弐百両程弐百貫目
硝石(火薬原料)代金五拾両程
〆金子八拾七両弐分
右之通当座御入用分献金
御囲米代金 六千両五ケ年無利息御借居
 合 金 七千両余


 
(付紙)
 大砲鋳造のことは、先般御達しにより仰せ付けられ、木曽支配地の寺の鐘を御取り上げになり、炭や薪は役人も含め山野から材を出し鋳物師を雇い鋳造すれば、金銀の費用が無くても御出来になるものと存じます。
 軍刀の貸渡しについても無用に願いたく、ただ今より御家中でお持ちの刀を改めてもらい、鈍刀の方は夫々へ作り替えを仰せ付けられれば、御貸し渡す必要がありません。
 鉄砲小道具は職人には任せず、御家中の得意とする者に任せれば間に合います。職人達に任せれば、表ばかりに飾りをして実用に不向きとなります。
 長柄槍は、元々身分の高い武士は持たない。結局、騎馬など駆入る者を防ぐだけのものと聞いておりますので、槙松木樫三ツメ等をもって丈夫に御仕立てになりますように職人に任せれば、柄などにつや出しなど施し実用に合わないものになります。
お抱えの大工に仰せ付ければ、太く質朴に仕立て造られるものです。
 歩役の者の戦刀はその時に仰せ付ければよいのです。
 
(付紙)
 鉛や硫石は、物成りの年貢によって毎年沢山準備しておけばよいのです。硝石はお手製のものですから、年々御家中の空いた時間で作っておけばよいのです。これを課役にすれば御家中の御迷惑にもなります。御倹約をすべきです。仰せの諸番向きも軍用製造で人が減り、且、笠草鞋などまで御一同お暇の折に作らせて支度することです。
 御囲米のことはご返済に及ばず、有志の者たちへ仰付けられて、その場所場所に囲い置くことは、上下一体で隔年に神社倉寺などで庄屋並びに有志の立会いで詰め替えます。
仰せ付ける上においては、官軍御催促の兵糧下では凶年で飢えの年では、窮民救い米のほかは一切御取り用い無きように願いたいものです。
― 了 ―