中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第九章 幕末の中津川

第五節 廃仏毀釈

二 廃仏毀釈

こうした動きの中で、同年九月二七日苗木藩から、今度知事始め支配地一同が神葬改宗したため、一五か寺の廃寺と住僧帰俗を申付けた旨を弁官へ届出ている。

Ⅸ-21 苗木領内15か寺の位置

 そして明治四年(一八七一)五月一三日苗木藩から、弁官宛昨秋届出の通り廃寺、帰俗した旨の報告が出されていることから、ようやく領内寺院の廃寺が完了したものと推察される。
 廃寺された一五か寺の住職は遠山家の菩提寺である雲林寺へ集って話し合ったが、結局大勢に従うこととなった。
 しかし雲林寺の剛宗は領主多年の恩に報いるため、歴代の位牌と仏具を貰い受け、恵那郡福岡町下野(苗木領外)の末寺法界寺に移った。
 ちなみに廃寺になった寺は、苗木村 雲林寺 佛好寺、坂下村 長昌寺、福岡村 片岡寺、蛭川村 宝林寺、高山村 岩松寺、飯地村 洞泉寺、姫栗村 長増寺、赤河村 昌壽寺、切井村 龍気寺、河合村 龍現寺、神土村 常楽寺、中野方村 心観寺、犬地村 積善寺