中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第九章 幕末の中津川

第四節 苗木領政の動揺と改革

二 職政改革 

慶応四年(一八六八)三月五か条の御誓文が発布され、続いて「政体書」の公布・明治天皇の即位大礼・領内の新しいあり方を規定した「藩治職制」の制定等と諸政策が次々に示達されることによって各領主はその対応に戸惑いながらも旧来の体制を変えていった。
 苗木領主友禄は同年七月二九日「御誓文」・「政体書」の趣旨に拠って家政を一新し旧来の弊習を一掃する態度を明らかにした。その具体的な方策としては人材登用が今日的課題で急務であるとして、今後三格(給人・中小姓・徒士)を廃止し、適材を登用して人事の刷新を計る「告論文」を発表し改革に意欲を見せた。
 その後八月二二日諸士の職制階級が発表され役替も行われた。特に目立つのは徒士層であった。青山稲吉が五位に位置づけられていることが特色である。
 しかし先に「告論文」の趣旨であった三格の廃止はみられなかった。

Ⅸ-12 職制階級