中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第八章 寺社

第二節 寺院

一 中世の廃寺

 伝承によると二町四方の寺域を持っていたが、天正年間の戦いにより焼失したと言う。廃寺の寺域と推定され地点の水田や周辺部の田畑からは、白瓷系陶器(山茶碗)の破片が採集されるが、国道一九号線バイパスの開通により、それらの地点の環境は著しく変化している。その関係は分からないが、廃寺跡と推定される場所の近くには「圓通山松源寺」(臨済宗)があり、圓通寺の地名も推定場所近くに残っている。
 松源寺墓地内には五輪塔と宝篋印塔の一部が残され、廃寺の寺域と言われる周辺部にも多くの五輪塔があることから、圓通廃寺の中心は、松源寺前の水田より西南方の手賀野公会堂付近だとも言われている。