中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第六章 宿・交通

第九節 脇往還

五 阿木村内の道

 阿木村誌編さん会が記す阿木村内の道を次に掲げる。
[古い道]もっとも古い道は里人の伝えるところに依ると、本郷村境打杭峠から字黒田を通り、山野田へ出て真原を過ぎ大根木を経て広岡を過ぎ 鎚砥(現斧戸か)を越えて中津に至る道路である。開設年代は明らかでない。
[南北横断の通路]三河方面から信濃に向う通行路である。三河路より来て本郷村 大円寺へ入り 黒田 両伝寺 山野田 真原 大根木 下広岡 清水 清水平を過ぎ前沢より川上区に出、中津川上に渡り落合村に出て湯舟沢方面へ出る。
[飯沼村旧記に依る道]当村大街山の神道を宮の前へ替る事(寛政二庚戌年)
[小径 美山街道]小学校より万嶽寺前、藤上辻、大根木へ入る辻、下広岡へ入る辻、風神神社へ入る辻、中組墓地、右衛門佐々木兼吉前
[宮田街道]八幡神社前、野田へ入る辻、宮田天神森前、宮田墓地、吉村九右衛門前、電車道
[小沢街道]飯羽間へ上る辻、八屋砥墓地前、電車道迄
[真原街道]山之田千元辻、真原燈籠(大根木入る)、土場大橋辻
[黒田道]杉浦金松表、本郷村境
[野田道]野田墓地前、野田神社前、飯沼へ入る辻
[大根木道]長楽寺前、風神神社辻、大根木墓地前
 先に記した阿木広岡・今井家文書による検見道、郡奉行・代官の通った道は次のようである。
 「-其後寛文之頃御検見道は是である 大根木渡場より出向う 右の道をのぼり清水梨沢口籠台で御茶を上げ 右衛門平明神前のかご台でお茶を上げ それより沼田之原 大野越沢道を下り 喜左衛門うらの道を通り 大野神明之森のうらを通り 松沢川をこし 三右衛門の屋敷の南を下り道 清水井ノ口を通り 松沢川をこし 丸山上大野森の下を通り 大野市郎右衛門の前より左次右衛門の前迠出て 横手山の神之前を通り 清水渡瀬を越し 字広岡迠出 又四郎塚を下り 川狭渡場迠御案内-」川狭渡場より六地蔵迄出て、狐ごうろをのぼるのは新道で、元禄一〇丑年(一六九七)七月一六日より川上あせぼ坂の道が替った。
 代官、山奉行、道奉行の見分けは、川狭渡場より与佐田迄上り、清水渡瀬をこし、狐ごうろを上り、大柳平で龍泉寺道に出合う巡路を定めた。