中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第六章 宿・交通

第九節 脇往還

四 村を結ぶ道

「濃州徇行記」によると「加茂郡細目村 本郷より黒瀬までの間にては 烟草 炭 薪 板類 糸 木紙 塩 味噌 竹の皮 材木 白木など商へり 其外万物多し-略-黒瀬町は南北に建ちならべり商家多して繁昌なる湊也」とある。
 黒瀬道(街道)は苗木の城下と尾張領加茂郡細目村黒瀬湊をつなぐ道である。

Ⅵ-160 黒瀬道略図

 日比野村の飛驒街道との分岐点を基点とし、元北恵那鉄道並松駅南東に「右ひだ・左くろぜ道」(天明三年)の石の道標が建っている(この道標は並松の町の中程にあったが、明治になってこの地に移転されたものである)。

Ⅵ-161 黒瀬道道標
(元並松駅南東)

 道は知原橋付近で付知川を渡り、高山、蛭川、中野方、福地、久田見を通って黒瀬に至る。道は軍事目的の意味から四尺二寸に制限され、ところどころに並木もあった(中野方町史)。
 黒瀬道は、桑名・笠松から船で運んでくる塩・海産物等を黒瀬で陸揚げし、木曽川以北の村々へ運び、それらの村々から板子、カジヤ炭、茶、木紙などを運ぶ重要な道であった。また領主西上の道であり、幕府の巡見使も通った。