中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第六章 宿・交通

第九節 脇往還

四 村を結ぶ道

「濃州徇行記」の落合宿に「此村より三ヶ村へゆく順路なり まず川上村へ至るには宿の西北の方より 落合川を渉り木曽川岸へ出るなり 此落合川には常に投わたし橋あれども水出れば直に流るゝ故夏は橋なく少しの出水にも渉りがたし 其時は街道の大橋を踰 山へ昇り瀬戸の渡場へ至るなり 此瀬戸は苗木領なり 瀬戸より自分渡にて水主は只一人なれば出水にはこしがたく不自由なる渡なりし」と記すように、落合宿の西端を善昌寺の前へ抜け、北寄りにすすみ落合川を越して木曽川の瀬戸舟場へ出る。
 木曽川を舟で渡り、瀬戸村へ入ると梅平で上地道に合い、更にすすんで板橋で坂下道に合する。
 坂下道へ出るには「濃州徇行記」によると「渡をこし山へ昇る ヒヨウ坂と云 それより村中へ入り道を北へとり 木曽川岸をめぐり 坂下へ入り谷川に沿ひ板橋をこし又木曽川西岸へ出づ…」とある。

Ⅵ-158 瀬戸道略図