中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第六章 宿・交通

第九節 脇往還

三 参詣道

龍泉寺道の呼称と道筋については、阿木広岡の今井家所蔵の文書が詳しい。今井家文書は頭書に広岡新田及び大野新田の成立の過程と馬草山、岩村城内普請の木材搬出場所等が記されている。
 龍泉寺道と名付ける由来について、「広岡新田の内、本道は龍泉寺道である。岩村より中津へ出て木曽へ行く通りである。龍泉寺道と謂うことは、龍泉寺観音堂の観音を別当阿木村山野田の浄光院に預って置き、毎年二月の初午に別当浄光院が観音のお供をして龍泉寺観音堂へ行き、祭事を行なった。この日は人馬の参詣が多く、その日の内にお帰りになった。この道を龍泉寺通と謂う。」とある。
 続いて詳細な道筋が記してあるので地図(Ⅵ-152図)を加えて述べる。
  阿木村の内 山野田浄光院より山野田富士千間之森の前を通り 真原熊野権現之森の前を通り 根木屋坂を下り 根木屋橋を越え 大根木観音堂の前を通り 梅本坊の門前をこし わらび野の山之神之森の北をのぼり 渡場へ出て 滝ヶ沢をこし 室ヶ沢を越し押ノ沢原を上まで登り 平四郎屋敷の東を通り 木戸ヶ入川を渡り 馬籠(ばろう)川をこし、清水平右衛門屋敷の前をのぼりたたきを通り 傅太平西之麓を通り 古屋敷にて越沢川をこし 大柳平を横に通り 松沢川を越し 右衛門平 土岐明神の前を通り 安気野原 屛風岩の前を通り 朴沢川をこし 与作新田の中を通り腰掛岩の前をこし 血洗之池の北の畔をのぼり 神明之森の中をのぼり 甘露ヶ峯息次清水を通り 龍泉寺馬場に出て観音堂である 是れが龍泉寺道であり この村の古道である。

Ⅵ-152 龍泉寺道道筋

 中津川から龍泉寺への道は、中山道を駒場で中津川に沿って上り、国道一九号線バイパスで京田用水の東側の道を南へすすみ、福昌寺の裏辺りで坂を上り、通称美山街道へ出る。斧戸の諏訪神社の東の谷を渡り、山の斜面を西へ登って根の上へ出る今の山道である。