中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第六章 宿・交通

第六節 主な通行・特色ある通行

二 大名通行

大垣戸田家も中山道下向に振替えることのできる大名であるが、「留記」は天保一五年(一八四四)五月二四日と嘉永四年(一八五一)六月二九日に中山道を下向し、中津川宿本陣で小休したことを書いている。
 天保一五年の場合は戸田采女正が江戸下りのため大湫宿、妻籠宿に休泊し中津川宿本陣で小休をしている。戸田家の場合小休であっても休泊と全く同じ扱いで、門には関札をかかげ玄関には紫の幕を張り、本陣主人を始め役人一同が出迎えた。ぜんめしは三四人分用意し下宿四軒でもぜんめし代として七八四文を支払った。嘉永四年の場合は戸田采女正が上りのため三留野宿、大井宿で休泊し中津川宿本陣では小休をした。大垣戸田家の通行は「留記」にこの両年について史料がみられるが休泊の記録はみられない。