中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第六章 宿・交通

第五節 助郷をめぐる諸問題

二 苗木領の助郷

(一) 特色

苗木領内四六か村のうち、正式に助郷負担を命ぜられていたのは、次の村々のようである。
 ○中津川・落合両宿の助郷--日比野村・上地村・高山村・福岡村・下野村・上野村・坂下村・瀬戸村の八か村
 ○大井宿の助郷--蛭川村・姫栗村・毛呂窪村の三か村(天明元年(一七八一)より河合を入れて四か村)
 以上の一二か村であるが、助郷出勤をめぐって共通している苗木領内助郷出勤村の問題点として、次の三点をあげることができる。
 ① 木曽川を渡って宿駅に行かなければならないこと。
 ・毎年三月より夏場までに木曽川の出水は数度に及び、助郷出勤できず、高価な賃銭負担としなければならなかった。
 ・木曽川出水でなくても、夜六ッ以後は渡舟不可で、急触には間に合わないのでこれも賃銭負担としなければならなかったこと(慶応四年八か村嘆願書立教大学蔵・第四節参照)。
 ② 負担分担が大きい時(伝馬大当り)、苗木領内の助郷村以外の村々に平均に負担をさせたこと。
 ③ 中津川・落合両宿以外に苗木領内の村には、飛州伝馬の負担をしなければならない村があったこと。
 ①、②については、そのとりきめた助郷総代を置いてすすめていたので、これについて次にふれることにする。