中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第六章 宿・交通

第四節 中津川・落合両宿の助郷

四 助郷割当の実際

二条御番の京上りの助郷については、下り同様で、千旦林村当番庄屋から中新井村久々利方へきた文書は次のようである。
 
       覚
 二条御番松平伊豫守様 御登被成候に付其村の高百石に付人足七人馬九分割□申触候
〓 人足弐人
  右の通り 四月五日朝正六ッ時 落合宿迠御詰尤御大切の御通行ニ付候間□改め者迠茂(も)厳敷申付詰刻無遅滞 御支配人中御差添御差出被下候  以上
  二条御番御組中御登被成候に付其村の高百石に付人足五人五分馬五分割□に申触候
〓 人足壱人
  右の通り四月六日朝正六ッ時落合宿迠御差出し被下候  以上
  二条御番松平伊豫守様 御組御番衆様御登被成候に付其村の高百石に付人足五人 馬五分割□割に申触候
以下略してⅥ-115表にまとめる(千旦林林家文書)。

Ⅵ-115 二条御番京登り通行と助郷

 二条御番上りの助郷負担は、下り同様六通行の負担である。落合宿詰刻はすべて朝六っ(六時)であること、御番通行の場合の馬負担が百石に付九分と、下りより一分高いこと以外はほとんど同じである[Ⅵ-114表]。