中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第六章 宿・交通

第二節 中津川宿

六 休泊

(三) 本陣の収入(休泊料)

中津川宿本陣の休泊による年間収入額の推移を「本陣休泊留記」によって、文政一〇年(一八二七)から慶応三年(一八六七)の四一か年にわたって表にすると次のようである。

Ⅵ-99 中津川宿本陣の年間収入額の推移

 以上から、
 (1) 休泊にともなう収入は前に述べた三項目にまとめて毎年集計されている。収入額の年変化であるから、物価指数のようなものと対比すると、本陣の収入とその推移の特色がはっきりするが、そのような史料がなく、はっきりしない。ただ一般的にいわゆる幕末期の物価上昇に比例した旅籠代となっていないで、旅籠代は相対的に低落していく傾向であることは推察され、本陣の経営の困難性が増大していったと考えられる。当然のことながら、本陣の収入はこの休泊以外の農業収入、地主収入などもあるから、休泊関係のみで収入のすべては論じられない。
 (2) 文政頃までは「宿入・茶代」が年間収入額の約半分を占めている。現在でいう「チップ」的性質の収入が全収入の半分を占めるというところにも、本陣の経営のむつかしさがうかがわれる。もっとも、大名の場合はその禄高に応じて、あるいはその家風に応じて、金銭がほぼ一定していたという。
 また通行量増加の文久二、三年は、茶代がきわめて多額となっている。