中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第六章 宿・交通

第二節 中津川宿

二 慶長七年以前の宿駅

 慶長六年一〇月
  廿九 ヲクテヨリ中津川へ六里 ここも名におふ大井の宿 駒ばのはしをわたり 中津川に付は椎のはおりしきて いひかしきなとす
 三〇 中津川ヨリまご目へ二里 まご目ヨリ妻子ニ三里 妻子ヨリ野尻ニ三里 以上八里 (米沢図書館文書・信濃史料十九所収)
 
 中山道において江戸時代以前に伝馬制が行われていたことは、武田氏の配下にあった時代に、武田氏が自国で実施していた伝馬制を当地方に普及したと考えるものである。
 以後江戸時代まで引続き存続していたことは、大久保長安が中山道の整備にあたって幕府より、石川光吉の事業をそのまま受けつぐよう申し渡されたことから知ることができる。