中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第六章 宿・交通

第一節 中山道

三 中山道の道筋

宿へ入る角に見付屋があった。本町通りの道幅は五、六mで、格子戸・ぬりこみ壁などの家が道に面して建っており、宿場の面影が残っている。宿の中央、北側の山手にある脇本陣、南側の森川家・三浦家などがそれであるが、また所々空家もあって、現在の交通路から外れた町の特徴を如実に現している。北側山手に宿の鎮護の神としての神明社、白山社の二社がある。神明社には県天然記念物(昭和三一年指定)の大杉があり、白山社には大銀杏(いちょう)の木がある。

Ⅵ-53 大湫宿の家並


Ⅵ-54 神明神社の大杉

 大湫宿は長さ三町余の小宿である。宿の西はずれ近くに弘化四年(一八四七)建立の観音堂があり、しだれ桜の古木、石仏、堂内の天井絵など遺物が多くある。
 
 <中山道筋道之記>
 大湫宿
   大助郷高壱万九十七石  村数十八ヶ村
 土岐郡大湫宿ゟ細久手宿迄一里半唱候場所
   本陣ゟ本陣迠一り廿五丁廿三間
   但宿端ゟ宿口迄壱里拾五丁十四間
   高札場ゟ高札場迄壱里拾八丁四十九間
 惣家数八拾九軒
   宿内家数六拾七軒
 白山宮 一社 大湫宿内登り右之方
 
 禅宗金珠山宗昌寺 右同断
 神明宮 一社 右同断
 観音堂 右同断
 山神 右同断
 川並御材木改役所 右同断錦織役所支配
 のたか手山 右宿登右之方
   氷餅製候場所往還ゟ五丁程登ル
 観音堂 一宇 右宿枝郷神田地内
 白山宮 一社 右同断
   宿内ゟ登り右之方十五丁入
 <壬戌紀行>
 左の方に鳥居見ゆるは何の社にや 驛の中なる左のかたに大きなる杉の木あり 木のもとに神明の宮をたつ 驛舎のさま細久手に似て夫よりも人家すくなし 是よりいはゆる十三峠とやらんをこゆべきに 飢なばあしかりなんと あやしきやどりにいりて晝の餉す庭に石楠ぐさの花さかりなるにも わがやどの花はいかがならんとしのばし 道の右に山の神の社あり 例の輿より下りてあゆむ 輿かくものに委して問ひて 十三峠の名をもしるさまほしく思ふに たゞに十三のみにはあらず くはしくもかぞへきこえなばはたちばかりもあらんと輿かくものいふ
 
 大湫・細久手両宿間の約六kmは琵琶峠(昭和四八年指定県史跡)の一kmを除いて、あとは五、六m幅の舗装道路となっており、丘陵を行くドライブコースである。大湫宿を出て二つ目の大曲り付近に二つの巨岩がある。「二つ岩」と名づけられたものであり、烏帽子岩・母衣岩の二つからなっている。花崗岩の露頭である。
 
 <中山道筋道之記>
 二ッ岩
 ひわ(びわ)坂
 同所下りニ一里塚 右村地内
 八瀬沢 百姓家二軒
 <壬戌紀行>
  道の左にたてる大きなる石二つあり 一つを烏帽子石といふ 高さ二丈ばかり幅は三丈にあまれり また母衣石といふは高さはひとしけれど 幅はこれに倍せり いづれもその名の形に似て 石のひまひまに松 その外の草木生ひたり まことに目を驚す見ものなり ゆきゆきて大久手の驛に入る
 
 大湫病院を過ぎて自動車道とわかれ、琵琶峠を登る。昔のままの道が続く。